87.医務室にて
カトリーナが目を覚ました時には、新学期初日の大火事騒動は、全て解決していた。苦労した炎は全て消えて、先生が戻ってきたのを期に授業も再開し、いつも通りの毎日が続いている。
……カトリーナ以外は。
「何だか、実感が無いわ」
医務室のベッドの上で、上体を起こした態勢でカトリーナが呟く。
「私が眠っている間に、2週間も経っていたなんて!」
あの時、カトリーナは全ての魔力を使い切る思いで、海を出現させた。
一度に凄まじい魔力を放出したカトリーナの身体は疲弊し、自らの魔法に飲み込まれたのを最後に、気を失ったのである。
―聞いた話では、イヴ先輩が助けてくれたのよね。まだ、お礼が言えて無いわ。
目を覚まして今日が3日目。
絶対安静を言いつけられているカトリーナは、医務室どころか、ベッドから降りるのにも医療魔法士の許可が必要だった。なので、カトリーナが誰かに会うには、医務室に来て貰わないといけない。
仮に動けたとしても、イヴに会いに行くのは、最初のすれ違いを考えると難しい気もするが。
―もう、怪我は治ったし、どこも痛くないのだけど……。ここまで安静にしている意味は、本当にあるのかしら?皆にも、心配を掛けたみたいだし。
エステル姉妹とラトリエルには、目を覚ました初日に会う事が出来て、全員の無事を泣いて喜んだ。特にデイジーは、この2週間気が気じゃなかったらしく、安心しすぎて腰を抜かしたほどだった。
目を覚まして早々、先生から2週間の療養を言いつけられたカトリーナに
「授業のノートは、しっかりまとめておきますので!」
「焦らないで、ゆっくり治して」
「見舞いの許可が下りたら、また来るから」
と、それぞれが言葉をかけて、医務室を出たのだった。
その時の事を思い出すと、カトリーナは嬉しい気持ちと、同時に少し気まずい気持ちが湧き立つ。
―正直、もうどこも痛くないし、眠り過ぎたせいで体力も有り余っているのよね……。
カトリーナはすでに、もの凄く元気なのだった。
意識の戻らなかった2週間の内に、完治したんじゃないかと思う程に。変わった事といえば、長く伸ばしていた髪が、炎で焦げて短くなった事くらいだ。
「早く授業に出たいわ……」
そう声に出ていた。
すると―
「カトリーナさん。何か言いましたか?」
空間を仕切るカーテンを少し開けて、アキレア先生が顔を覗かせる。
先生の顔を見て、カトリーナは少しだけ、背に汗が滲んだのがわかった。
「いいえ、独り言です」
「そう。退屈なのはわかりますが、今は我慢してくださいね。検査の結果次第では、午後からお友達を呼べるようになりますから」
「本当ですか!」
アキレア先生の言葉に、カトリーナの顔は綻ぶ。
「良くなったら、予定より早く授業に出られますか?」
「ええ、結果次第ではね。今日も良い子にしてるんですよ」
「はい、先生」
カトリーナが行儀よく返事をすると、アキレア先生は優しい微笑みを浮かべて、カーテンを閉め、仕事に戻って行った。
―危なかったわ。いつの間に戻ってきたのかしら?ついさっき、メディアン先生に用があるって、医務室を空けていたのに。
先生に聞こえない様、大きく息を吐きながら、カトリーナは緊張を解す。
―アキレア先生、優しくて素敵な方だけど、ちょっと怖いのよね……。
レーム学園専属の医療魔法士であるアキレア先生は、普段はおっとりとした優しい女性なのだが、生徒の健康と治療については妥協を許さない、厳しい一面を持っている。医師として当然だと思うが、カトリーナが恐れているのは、そこじゃない。
「魔力の回復には、時間が掛かりますの。貴女はお若いから、怪我や体力の回復が早くて、もう治ったと錯覚しているだけ。今の状態では、一滴の魔法を使う事も許されませんわ」
それは昨日の事。カトリーナは体調が余りにも良すぎて「もう治りましたから、今日から授業に出たいです」と主張すると、アキレア先生は穏やかな口調で、そう説明をした。
そして、
「言う事が聞けないようでしたら、ベッドに縛り付けます事よ。良い子に出来ますね?」
いつもの朗らかな微笑みを湛えて、魔力封じの手枷を握る姿は、怖いもの知らずのカトリーナでも恐怖した。
「おやすみなさい、先生」
その日、カトリーナは一日中布団に包まった。アキレア先生に逆らってはいけないと、本能で悟ったのである。お蔭で翌日の今日、目はバッチリと冴えていた。もう暫くは寝付けない。
―検査の結果が出れば、私が如何に健康か分かる筈よ。
カトリーナは、エイミー達が先生を通して渡してくれた本を読んで、時間を潰すことにした。
―今頃、皆は呪文学の時間かしら?
あの日、呪文学の課題は全て灰となってしまった。今回は事が事なので許されたが、成績はどう付けられるのだろう。
―早く遅れを取り戻したいのに……。
カトリーナは、焦っていた。
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