86.一方、その頃~イヴ視点~(2)
イヴは、パトリックに聞いた火事の教室前に転移した。
中に入らずとも扉は焼け崩れ、炎が激しく燃え上がり、今にも教室の外に火の手を伸ばそうと藻搔いているのが見える。僅かに機能した教室の防衛魔法が、辛うじてそれを防いでいるが、時間の問題だ。
その様に、代々レーム学園の理事長の座に就くフォルカー家のイヴは、愕然とする。
―世界屈指の防衛魔法が、学生のいざこざで破られるなんて……。
この時のイヴはまだ知らなかったが、レーム学園の防衛は外敵から守る事に特化しており、内部からの攻撃へは、前者ほどの効果が無いのである。
己の罪悪感を膨らませて命を奪う聖地で、故意に誰かを害そうとする者はほぼ居ないからだ。
―この件は、早急に僕が改善しないと。父上に話したとて無駄だ。
フォルカー公爵家の血筋で、魔法が使えるのはイヴだけだ。縁戚にも、遠縁にあたる王族や皇族にも、誰一人として魔法が使える者は居ない。何故、イヴだけが魔法が使えるのか、そして、他の血縁者が使えないのか。理由はずっと不明なままだ。
イヴが始祖ヴィオラと同じ銀の髪を持って生まれただけでなく、魔法の才もあると知った父公爵は、自身の子ども相手に卑屈になって、魔法の事を知ろうともしない。そんな父を、イヴの方も見放していた。
自らに防衛魔法をかけて、更に簡素な雨を教室に降らす。
しかし、イヴの魔法の雨雲は炎にかき消されてしまった。
普通の火事ならば、今の魔法で消えるはずだが、今回はそうもいかない。
―一体どんな喧嘩をすれば、こんな大事になる!?
炎の源である魔力からは、強い憎しみや殺意を感じた。この炎を引き起こした主は、余程の恨みを込めて燃やしている。謂わば「呪いの炎」だ。呪いそのものを浄化しなければ、炎は消えない。
―それにしても……
イヴは自身の分析に疑問を持つ。
呪いの具現化―それもこんなに高度なものを、仮に優秀な人物が起こしたと仮定しても、1年生が作り出せるとは思えない。
―いや、一人だけ思い当たる……。が、あの子がそんな事をするだろうか?
カトリーナ・トレンス。
一目見た時から、膨大な魔力を感じさせる少女。
学年主席であるイヴの魔力も、かなりの物だという自負があるが、カトリーナには及ばない。将来、公爵家に引き入れたい人材だ。
カトリーナの魔力ならば、この惨状は可能かもしれない。本人も無事では済まないだろうけれど。
―もし、彼女が首謀者なら……勿体ないけど、ここで始末するしかない。違って欲しいけど。浄化魔法はそんなに得意じゃないし。
得意じゃないからこそ、手加減は出来ない。
イヴは眩い光を放つ玉を、いくつか出現させる。光の玉はフワフワとイヴを守るように取り囲んだ。
光の玉は呪いを強制的に祓う。通常の者には無害だが、浄化された者は廃人になる。どんな意図であれ、レーム学園の損害は大きい。それまでの事をしたのだ。もう、仕方がない。
―これが呪いの炎なら、主は必ずここに居る……はず。
教室の中は煙と炎で何も見えない。誰か居るのか居ないのか、外からは判別できないのだ。光の玉をぶつけるには、教室に入るしかない。
―これはもう、無茶するしかないな。フォルカー家としては……最悪、もう一人子どもを作ってもらおう。それくらいの事はして欲しい。
諦観しつつ、イヴが炎の中に駆け出す。
その瞬間―
ドッバッシャーーーーーン!!!!!
途轍もない魔力と共に、膨大な水が出現して教室を飲み込む。
「今度は何!!?」
思わず叫ぶイヴも、勢いよく教室から流れ出た水流に巻き込まれる。
ごぼごぼごぼ……
―目が染みる……。これって海水?
とっさに、燃え尽きてガラスの無くなった窓の桟に捕まって耐え凌ぐ。
流れから逃れようと転移魔法を使う瞬間、イヴの真横を人影が流れて行った。
その顔には、見覚えがある。
―カトリーナ!?
反射的にイヴは窓から手を放し、カトリーナの足を掴む。急に足を掴まれたというのに、カトリーナは抵抗することなく、されるがままだ。意識を失っているらしい。
―ここに居るって事は、やはり……。
イヴは外れて欲しかった予感が的中し、がっかりするも、カトリーナの身体にしがみ付き、抱きしめる姿勢になる。
―事情は後だ。まずはここから出よう。
転移魔法で水流から逃れる。
魔法が発動した時、光の玉がカトリーナに吸収された。
けれども、カトリーナは何の反応も示さない。
呪いの源は、カトリーナでは無い。
―あの炎はカトリーナの物じゃない……
イヴは心から安堵した。
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