85.一方、その頃~デイジー視点~
「お気を付けて、すぐに逃げてくださいね!」
「また後でね」
デイジーと妹のエイミーがそう言うと、カトリーナは火の手を避けながら、置き去りのジゼルの元に急いだ。
―銀の鍵の事、知っておいて良かった……
デイジーは、自分の鍵を握りながら思う。
手を繋いだ相手も、銀の鍵で連れて行く事が出来る。
その事を知らない自分なら、カトリーナ達を置いて逃げる事も、ジゼル助ける事も出来ずに、焼け死んでいただろう。
―カトリーナ様って、ご自分では性格悪いって仰いますけど……
本当に嫌な性格の女は、こんな火の海の中、他者を助けには行かない。
「デイジー!早く!!」
エイミーが急かす様に言った。
妹の方を向いて頷くと、デイジーは銀の鍵を使った。
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銀の鍵で飛んだ場所は、植物園だ。
休暇が終わって戻ってきたデイジー達が、ついさっきまで居た場所。
―休暇明け初日に、大火事から逃げる羽目になるなんて、お父様達には言えないわ。
元々、娘達をレーム学園には行かせたくなさそうだった両親の事だ。
入学は本人の意思を尊重してくれたが、このことを知ったら、気が変わってしまうかもしれない。
休暇で実家に帰った時、母は特に「いつでも帰って来て良いですからね」と何度も言う程だったのだから。
―友達が出来た事を話したからか、無理に引き留めはされなくて良かったけど。
デイジーはともかく、エイミーに友達が出来たのは、思い返してみると初めての事だった。エイミーが休暇中に「カトリーナとハスティー卿に手紙を書きたい」と両親に便箋を強請った時、二人はとても驚き、そして、とても喜んだのだ。
父は「ハスティーとは誰の事だい?」と、すこし引きつった顔をしていたが。
―そのハスティー卿は、結局教室には来ませんでした。結果的に、来ない方が安全でしたが。
アザミが来る前、また倒れていたら大変だと、カトリーナが様子を見に行こうと話していた所だった。カトリーナとラトリエルの恋愛事情を、黙って見守るのを密やかな趣味にしているデイジーは、その事が気になっていたのだ。
―ハスティー様、休暇で魔法ゲートを通った時は無事でしたから、今回も大丈夫だと思ったのですが……。入る時と出る時で負荷が違うのでしょうか?
またラトリエルが倒れたと知ったら、カトリーナは心配するだろう。
入学して直ぐの時は、恥ずかしいのかお見舞いに行かず、ラトリエルの容態が回復しているのを聞いて、安心したように微笑むカトリーナ。
お見舞いにカトリーナが来ない事を、デイジー達の手前平気そうにしていたが、少し落ち込んだラトリエル。
その様子を見て、デイジーは二人が両思いなのを確信している。
いつの間にか、名前で呼び合うようになった二人に気が付いた時は、心の中で歓喜した。あまり読書をしないデイジーが、唯一好んで読むのは恋愛小説なのだ。
―恋バナが出来ないのは、悲しいですが。
恋愛が禁止されている訳では無いが、カトリーナもラトリエルも、互いに好きなはずなのに、どこかぎこちない。特にカトリーナの方は、距離を保とうとしているようにも見える。
―気になりますが、あまり踏み込み過ぎるのも、レーム学園では命取り……。何か事情があってはいけませんから。
友達想いなカトリーナの事だ。もしも、言いたくない事を聞かれて断ったとしても、申し訳なく思うだろう。それは避けたい。
―とにかく、魔法ゲートの所に行ってみましょう。もしも、ハスティー様が倒れていたら、医務室に連れて行かなくては。
魔法ゲートにはコルファー先生がいるはずだが、教室から離れているとはいえ、先生が魔法の火事に気が付かない筈は無い。きっと、植物園に先生は居ないだろう。
―倒れていないのが、一番良いのですけど。
魔法ゲートまでの道を辿っていると、
「お姉様?」
ふと、横から声が聞こえて振り向く。ガサガサと茂みから顔を出したエイミーが居た。燃え盛る教室から逃げた時に付いたのだろう。頬は黒い煤で汚れている。
「よかった。居た」
ほっとした表情で言う妹の顔を、ハンカチで拭ってやる。
「お姉さまも汚れてるわ。貸して頂戴」
エイミーがそう言ったが「自分でするわ」と断って、そのまま顔を拭う。
「カトリーナ様とブラン様は出られたかしら?」
「ここでは見て無い……。飛んだ場所が植物園じゃないのかも」
そう答えるエイミーに「そう」と答えると
「カトリーナ様なら大丈夫よね。ブラン様を助けた後に、きっとここに来るでしょうから」
と、言った。
「どうして?」
エイミーが首を傾げる。
「ハスティー様を探しに来るに決まってるでしょう!」
全く、頭は良いくせに鈍感なんだから。
姉妹が話しながら進むも、誰にも会わない。
「誰も居ないですね。他の皆さんはどこへ逃げたのか……」
「先生も居ない。ハスティー卿も」
エイミーは「入れ違い?」と呟いた。
ついさっきまで、ラトリエルと先輩のイヴが居たのだが、姉妹は知る由もない。
「一度、校舎の方に行ってみましょう」
「うん……」
姉妹はそれを最後に黙ったまま歩いた。
何か嫌な胸騒ぎが二人を不安にさせたが、火事で気が動転しているのだと思うようにした。それでも、妙に落ち着かない。
―カトリーナ様達は大丈夫よ。銀の鍵が二人を炎から救ってくれますわ。
―ハスティー卿も、植物園にいないのですから、倒れても、他の誰かが見つけたはずです。
―先生方も、あんな大火事に気が付かない筈ありませんもの……。
何も心配は無い。それなのに、どうしてこんなにも不安で、怖いのだろう。
「お姉様!」
エイミーがハッとする声を上げて、指を差す。
その先には―ジゼルが居た。
「ブラン様!良かったご無事で……」
デイジーが弾んだ声で近づくも、直ぐに言葉を詰まらせる。
カトリーナの姿がどこにも無い。
「あ、あの、カトリーナ様は?一緒に逃げられたはずでは……?」
デイジーがそう言うと、ジゼルが手で顔を覆いながら泣き出した。
「どうされたのです?どこか痛いのですか?」
気に掛けるデイジーが呼びかけるも、ジゼルの泣き声が更に大きくなっただけだった。
―どうしましょう?カトリーナ様は、どこかに行ったのでしょうか?ハスティー様を探しに来たとしたら、私達と鉢合うはず……。
泣きじゃくるジゼルに困り果てるデイジーの横で、エイミーは棘のある声をして
「まさか、カトリーナを置いて逃げた訳じゃないよね?」
と、聞いた。
ジゼルの泣き声がピタリと止まるが、デイジーはそれに気が付かなかった。
妹から出た言葉に耳を疑ったからだ。
「なんて事を言うのエイミー!!言って良い事と悪い事があるでしょう!ごめんなさいね、ブラン様。そんな事するはず無いですよね!?」
エイミーを叱って、ジゼルの方に目を向けたデイジーは、罰の悪そうな顔をするジゼルと目が合う。
「ごめんなさい……。私、怖くて……。見捨てられると思って……それで……」
「それで、一人で逃げてきたの?カトリーナの銀の鍵を奪って!?」
エイミーがつかつかとジゼルに詰め寄り、鍵を握りしめる彼女の手を叩く。
叩かれた手から、見覚えのある飾りが付いた銀の鍵が、ポトッと地面に落ちた。
カトリーナの銀の鍵だ。
「嘘……それじゃあ、カトリーナ様はまだ……」
まだ、あの炎の中に一人で居るの?
デイジーは校舎の方を見た。黒い煙が遠くに見える。
「カトリーナ様!!!」
デイジーが叫ぶと同時に、
ドドドドドドドドド―!!!!
煙の上がる方角から、地響きがした。
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