84.一方、その頃~イヴ視点~(1)
火事が起こる少し前。
植物園にて―
「エル、今からでも遅くないよ。転校したら?」
イヴは端正な眉を顰めながら言った。
「しない……」
地面に座り込むラベンダー色の髪をした美少年―ラトリエルが、イヴを睨みつける。
その顔色は悪く、今にも倒れそうだ。魔力が少ないラトリエルは、魔法ゲートを通る度に体調を崩す。
―未踏の地だった大昔ならともかく、ここには、もう命を掛けて来る価値なんて無いのに。
反抗的なラトリエルの様子に、イヴはため息をついた。
―ここまで他人の世話になって置きながら、強気で居られる図太さは認めてもいいけど。
その点だけは、レーム学園で生き残る生徒の特長だ。
「今回は僕が馬車の中でも、魔法ゲートの順番を最後にして待っている間も、貴方に魔力を流し続けたんだよ?ここまでした結果がこれなんて。エル、聖地は貴方が居て良い場所じゃない」
「出て行く時は大丈夫だった。だから―」
「僕はたった今、動けないでいる事を言っているんだ。出て行くのが大丈夫なら、さっさと帰れ」
強めに言うと、ラトリエルは悔しそうに顔を歪ませる。
「それでも嫌だ。フォルカー公爵は、良いって言うんだから良いじゃないか!」
「魔法を使えない癖に、無責任な父上の言う事なんか鵜呑みにするな。あの人にとって、貴方は替えの効く駒に過ぎない」
「何の駒かは知らないけど、それでも良い。それでレーム学園の生徒でいられるなら」
「―っ!いい加減に―!」
イヴが本気で怒ると、タイミング悪く、コルファー先生が魔法ゲートから出て来た。
「あぁ、丁度良い所に……どうかしましたか?」
一触即発な様子を、怪訝に思い尋ねるコルファー先生に
「何でもありません。また、エルが倒れただけです」
「倒れてない!!」
淡々と説明するイヴと、それを否定するラトリエルが揉めだすのを、コルファー先生が止める。
「はいはい、喧嘩しない。それどころじゃありません」
コルファー先生はイヴの方を見て、先程言いかけた事を話す。
「フォルカーさん。最後に魔法ゲートを通ったのが貴方だったのは不幸中の幸いです。公爵より、私を含む教員―魔法士全員に召集がかかりました」
「召集?父上―公爵はそんな事一言も言っていませんでしたが……」
「私もついさっき知ったのです。何でも、急に公国の海に異変が生じたらしく、念のため防衛に備えるとの事です」
―海域に異変?天気は快晴だから、災害が起こるはずは……。それに、レーム学園の教員全員が必要な事って?
「念のため……他国からの侵略ですか?それなら、フォルカー家後継者の僕が知らないのはおかしい!!」
「いえ、おそらく侵略では無いと、推察しています。他国からの攻撃ならば、私達が全員集まる必要が無い」
「だったら何が……まさか!」
一つ思い当たり、目を見開くイヴにコルファー先生が頷く。
「まさかとは思いますが、これが最悪な状況ならば、早急に対処しないと、国はまた滅びます。だからこその召集かと」
「ねぇ、何があったの?先生が皆離れるって事は、授業は無し?」
一人状況が分からないラトリエルが困惑する。
「今は説明する暇がありません。戻ったら結果を報告します。そこで、フォルカーさん」
「先生方が不在の間、公爵家の人間である僕が、一時的に生徒を統括するんですね?」
「その通りです。本来は校長が伝える案件ですが、一足先に赴いているので、私が伝達させていただきます」
「わかりました」
「統括とはいっても、生徒全員に授業の中止と自室待機を言い渡すだけです。よろしくお願いします。では」
コルファー先生は、急いで魔法ゲートに消えて行った。
「ねぇ、国が滅ぶって……」
「ホルムクレンは人と海の精霊との間に、無視出来ない因縁があってね。公国が興るずっと前、古代に精霊と人間が起こした悲劇だよ。精霊信仰の薄れ始めた現代では、知らない人が殆どだけどね」
イヴはラトリエルに向き直る。
「いい?今の先生と僕との話は、誰にも言ってはいけないよ。外部と隔てた聖地では確かな事はわからないからね。変な勘繰りや混乱は避けたい」
「うん」
「まぁ、貴方はこれから医務室行きだから、誰にも会わな―」
そこまで言った瞬間、イヴは背筋が逆立つような悪寒がした。
―何?凄く嫌な気配がする。
「?どうした?」
急に黙ったイヴに、ラトリエルが声を掛ける。
「いや、何でもない。早く行こう」
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イヴがそう言って直ぐ、植物園に居た二人は医務室の扉の前に立っていた。
「これってイヴの魔法?」
急に変わった景色にキョロキョロしながら、ラトリエルが聞く。
「ああ、転移魔法の一つだ。失敗したら身体がバラバラになるから、ここでは禁止魔法だけどね。けど、今は僕がレーム学園の長だ。上手くいったし問題ない。エルの魔力が回復するのを待っていたら、夜も更けるからね」
銀の鍵は魔力を消耗する。今のラトリエルを銀の鍵で移動させたら、命が危ない。
「だから、一々言わなくても―」
文句を言うラトリエルだが、不意に言葉が止まった。
イヴも先程の悪寒が強くなったのを感じる。
そしてなによりも―
「なんか焦げ臭くない?」
―学校で火事?新学期初日で授業も始まっていないのに?聖地でも外部でも、一体何が起こっている?
「エル。君はここで安静にしてて。医務室は防衛魔法が特に手厚いから、勝手にここを離れないで。わかったね?」
「う、うん」
「魔力については後で処置する。それまでは、絶対に魔法は使ってはいけないよ」
「わかってるよ」
何度もラトリエルに言い聞かせてから、医務室を出る。
―さっきからの悪寒は魔力?なんて悍ましい気配……。
植物園ではわからなかったが、校舎の上の方から途轍もなく邪悪な魔力を感じる。
―先生が一人も居ない非常事態に、何故こんな事が?
とりあえず、生徒の安全を確保しなければ。
イヴが伝令魔法―学校全体に声を届ける魔法を使おうとすると、転移魔法で同級生のパトリックが現れた。
「フォルカー!?来ていたのか!!」
「あぁ、挨拶は後だ。何が起こっている?」
普段は冷静沈着なパトリックの慌てようを見て、やはりただ事ではないと確信する。パトリックは早口で状況を説明した。
「1年の教室で火事が起こった。理由は生徒同士の喧嘩。俺はその事を、逃げて来た1年から聞いた。1年は皆、バラバラに銀の鍵で脱出したはずだが、確認は取れていない。教室の防衛魔法で教室の外に火は出てないが、煙の臭いで分かる通り、それも時間の問題だ」
「他の学年は?」
「勝手ながら自室に逃げるように伝えた。少なくとも、火の出た校舎とは別の建物だからここに居るよりは安全だと思って。2年から4年の生徒が自室に居るのは確認が取れている」
それを聞いて、イヴは少し安心する。
自分達とラトリエル以外は避難したと、考えて良いだろう。
「助かるよ。ありがとう」
「それよりも、先生達はどこに行ったんだ?こんなヤバい時に一人も見ないなんて、おかしいだろう!?」
「先生達は、誰も学校には居ない。緊急で召集がかかったらしい」
「ハァ!!?嘘だろ、じゃあ、誰が火を消すんだ!?」
「僕がやる」
当然のようにイヴが言うと、パトリックが「馬鹿な真似は止せ」と言った。
「お前ならわかるだろう!?この嫌な感じは、ただの魔力の暴走じゃないって」
「無理なら逃げるよ。僕とて、自分の価値を見誤ってなんかない」
「公子様が行くなら俺も―」
「リック、君にはエルの事を頼みたい。あの子は、また魔力不足で倒れたんだ」
「エルって、入学初日に倒れた一年坊か?」
「そう、今は医務室で安静にしてる。魔法を使うと危険だから、足での移動になるけど」
「仕方ない。見殺しには出来ないからな」
パトリックはそう言うと、じっとイヴを見る。
「絶対に無茶はするなよ」
「わかってるって」
二人はそれぞれの転移魔法で姿を消す。
パトリックは医務室へ、イヴは火の元へと。
教室でカトリーナが、膨大な水を出現させる少し前の出来事であった。
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