83.魔法の基本は想像力
「嘘でしょ……」
燃え盛る炎に囲まれた危険な状況で、カトリーナは呆然とした。
今起こったことが、助けに来た自分が見捨てられた事が、信じられなかった。
プレオの件以来、ジゼルの事は嫌いだったが、直ぐに仕返しできた事もあって、大切な物を燃やしたアザミほどの恨みは無かった。
助けようとした結果が、この様だ。
―もう二度と、助けてなんてやらないわ。
熱さと煙で意識が朦朧としながらも、何とか怒りの感情で持ちこたえる。
出来るだけ煙を吸わないように、姿勢を低くし、逃げ道がないかを見渡した。
―先生は、助けは、まだ来ないのかしら?この騒ぎなら、とっくに誰か来ても良さそうなのに。
疑問に思うも、こうなってしまった以上は、いつ来るかもわからない救援を、待つ余裕は無い。
―アザミが炎を発した時に、さっさと逃げるんだったわ。
そう思いはしたものの、アザミから逃げるという選択を、絶対に自分は取らないだろうなと思った。
カトリーナは自分の水魔法で消えなかった炎を、逃げ道を塞ぐ炎を睨む。細く吸い込む空気が、喉を焼いて痛い。
―あんな杜撰な女の魔法に対処出来ないなんて、自分にがっかりよ。
そもそも、この炎はアザミの魔法なんだろうか?
本当にアザミの魔法ならば、カトリーナが冷や水を浴びせて気が削がれた時に、炎は消えるはず。
―知らない魔法かしら?それとも……
ひとつ思い当たる事があるが、煙で咳が止まらなくなってきた。
息苦しくて、心無しか視界も霞んで見える。
―とにかく水よ。今の私にはそれしか出来ないわ。どの道苦しいんだから、せめて熱さからは逃れたい。
カトリーナの魔法で鎮火は出来なかったが、威力を弱める効果はあった。
つまりは、全くの無意味では無いという事。
さっきの水量で足りないのなら……
―この教室全体を水没させれば、火は燃える事が出来ないはずよ……。
出来るかどうかを躊躇う時間は、カトリーナには無かった。
カトリーナは人生で目の当たりにした大きな水溜―海を思い浮かべながら、魔力を込める。レーム学園に入学するために乗り込んだ船から、飽きるほど眺めた、どこまでも広がる海を。
〈具体的に想像することで、魔法の精度は上がる。魔法の基本は、技術でも知識でも無く、想像力なのだ。〉
これは『はじめてのまほう』の最初のページに書かれていた文言だ。
カトリーナは想像する。
全ての炎を消し去り、自分も何もかもを飲み込むほどに大きな海を。
―本物は無理でも、やるしかないわ。炎を消さないと私が死ぬんだから。
こんな所で死んでは、伯爵たちの思う壺。それだけは死ぬよりも嫌。
―溺れるかもしれないけど、その前に私の魔力が尽きる事を祈るしかないわね。
どんなに強く大きな魔法でも魔力が尽きれば、消えて無くなる。
そうすれば呼吸も出来て、炎が強まる前に逃げられるはずだ。
カトリーナは半ばヤケクソの覚悟を決めて、全身からかき集めた魔力を、一気に放出する。
ドッバッシャーーーーーン!!!!!
天井から辺り一面に、荒れ狂う海の様な水が叩きつけられる。
その勢いで炎も、机も何もかもが水に吞み込まれていった。
カトリーナも頭から水を叩きつけられて、水流に押さえつけられるかのように、床に突っ伏す。全身の刺し痺れるような鈍痛に顔を歪めるも、痛みが声に漏れる事はなかった。
代わりに、大きな水泡が口から洩れる。上からの圧力が消え、足が床から離れた。身体は不安定に水中を彷徨う。見渡す全てが水の中。勿論、炎は全て消えていた。
カトリーナ渾身の水魔法は、成功したのだ。
―凄い凄い!私って天才だわ!!
喜んだのも束の間。先程、大きく息を吐いたせいで、息苦しさが増す。
―今度こそ、本当に死んじゃう!!
頭に酸素が回らない中、錯乱状態になりつつも、無意識にカトリーナは上を目指して水を掻く。
が、
―?流されてる?
教室の扉によるものだろうか?水中に潮の様な流れが生まれて、カトリーナの身体はどんどん引っ張られて、流されていく。
流れている間に口や鼻から水が入りこみ、いくらか飲み込んでしまった。カトリーナは、人生で初めて死ぬかもしれないと思った。
―自分の魔法に殺されるなんて、馬鹿みたい……
魔力をこんなに使ったのは初めてだった。もう、指一つまともに動かない。
それでもカトリーナの魔力は枯れないのか、水が消える気配が無い。
―私って、本当に天才なのかも。
薄れゆく意識の中で、暢気にもカトリーナは思った。
―水がしょっぱい……。
まるで本物の海みたい。
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