82. ジゼルの裏切り
「わ、私……ち、ちが、違うわ!私じゃない!!これをやったのは私じゃない!!」
アザミはそう叫ぶと、転がるように教室を出て行った。
「おい、ブタ!火ィ消してから出てけよ!!」
テオが暴言を吐きつづけるが、誰も咎める暇は無い。
―これはアザミの魔法じゃない?どういうことなの?
じゃあ、この炎は誰が起こしてる?何のために?
疑問は尽きないが火が消えない以上、ここに居たら危ない。
とうとう炎は、今までで一番大きくなった。渦の勢いも増して、熱風でジリジリと肌が焼ける。大掛かりな防衛魔法が掛かっているはずの教室内は、限界を迎えて炎に蹂躙されるがまま、どんどん燃えていく。
「早く教室を出て!!もう火は消せないわ!!」
カトリーナが指示を出す。この教室で水魔法が得意なのはカトリーナだけだ。
そのカトリーナが太刀打ちできない以上、逃げるしかない。
―大量の土とかを魔法で試したいけど……。
今の状況で使った事の無い魔法を試す余裕は、流石のカトリーナも無い。
それに、デイジーが何度も土魔法を使って消火に努めるが、炎の渦にはあまり効果はなかった。逃げるしかない。
カトリーナの指示に、他の生徒は騒ぎ出す。アザミの魔法を軽く見ていたツケが回ってきたのだ。
「ヤバい!身体がヒリヒリする!!」
「せ、先生は?誰か来ないの!?」
「わからない!とにかく逃げるんだ、煙は吸うな!!銀の鍵を使え!!」
レスターがそう呼びかけ、何人かは転移で教室から消えた。
ところが、
「あ……、えっ、何でなんで!!」
甲高い悲鳴が聞こえる。
扉から離れた教室の隅で鞄や上着をひっくり返して、暴れるように引っ掻き回すジゼルが見えた。ジゼルは金切り声を上げて発狂する。
「ない、無い!!銀の鍵がどこにも無い!!」
―見つからないなら、普通に、さっさと扉まで走ればいいのに。
カトリーナがそう思った瞬間、扉の方にも火の手が完全に回った。もう、自分の足で教室を出るのは不可能だ。ジゼルもそれに気が付き、絶望の声を上げる。
カトリーナは自分が握る銀の鍵を見つめ、一度、脱出を止めた。
―仕方ないわ。ここで見捨てるのは、流石に目覚めが悪いもの。
取り残されていたのがアザミだったら、カトリーナは高笑いを上げて不幸を楽しみ、銀の鍵を見せびらかしながら脱出するところだった。
ジゼルの事は嫌いだが、そこまでの恨みは無い。
助ける事にした。
「何してるのカトリーナ!早く逃げなきゃ!!」
今までで一番大きな声でエイミーは叫ぶ。デイジーは熱さと魔力の消耗でふらついていた。
「二人は先に行ってて。私はブラン嬢と一緒に出るわ」
カトリーナはジゼルの方を指さして言った。消火に専念していた双子は、この時初めてジゼルに気が付いたようで、驚いた顔をした。
銀の鍵は手をつないだ相手も一緒に連れて行ける。ラトリエルに教えて貰ったこの秘密は姉妹にも話しており、二人は直ぐにカトリーナの考えを理解した。
「お気を付けて、すぐに逃げてくださいね!」
「また後でね」
姉妹の声を背中に、カトリーナは急いでジゼルの元へ向かう。
「ブラン嬢!こっち!」
カトリーナが銀の鍵を掲げて呼ぶ。
「あぁ……、ああ……!!」
ジゼルが泣きじゃくりながら、突進する勢いでカトリーナにぶつかってくる。
その衝撃でカトリーナは後頭部を打ち付けた。ジゼルがカトリーナの上に覆いかぶさる。鈍い痛みがあるが、脱出が先だ。
「落ちついて!出られるから手を―」
手を差し伸べたカトリーナだが、予想もしていなかったジゼルの行動に目を疑う。
ジゼルはカトリーナの手を無視して、反対の手にある銀の鍵を奪い取ると、両手で握りしめ、走って隅の方へ逃げたのだ。
―まさか一人で逃げる気なの!?
カトリーナは驚きと怒り、焦りで、思考が無になっていくのを感じた。
自分もジゼルも、周りの炎さえ、他人事のように認識しているみたいに、何もかもがスローモーションに見える。
「ちょっと待って!!一緒に出られるから、手を貸して!!!」
慌てて起き上がったカトリーナは、急いでジゼルの元へ走るも、もう遅かった。
カトリーナが掴みかかろうと伸ばした手は、虚空を切る。
ジゼルは一人で消えてしまったのだ。
助けに来たカトリーナを置いて、安堵の笑みを浮かべながら。
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