80.相変わらずの女(2)
カトリーナに思い切り叩かれたアザミは、わなわなと震え、怒りで真っ赤だった顔が、今度は白くなっていく。打たれた左頬だけが、赤いままだ。
「また……、また私を殴ったわね!!人殺しの乞食のくせに!!」
「話の通じない貴女に、他にどうしろっていうのよ!!」
カトリーナが怒気を孕んだ大声で叫ぶと、教室の空気がびりびりと震えたのがわかった。こんな大声を出したのは初めてで、喉に違和感があるも、そんな事はどうでも良い。
一瞬怯んだ様に見えたが、アザミはカトリーナに掴みかかろうと手を伸ばす。臆する事無くカトリーナは、その手を掴んで、ひねり上げた。
「い、痛い!!」
アザミは顔を歪ませて、カトリーナを蹴り上げようとする。
蹴られる前に手を離すと、アザミはバランスを崩して一人で床に倒れた。
入学してから、栄養の摂れる食事をしっかり食べる様になり、カトリーナの身長はすらりと伸び始めていた。
体格が年相応になり、差があるとはいえ、単調な動きのアザミくらいならば、易々と押さえられるようになっていたのだ。
―ギルドの旅人さん達に教わった護身術が役だったわ。こんな形で使う日が来るとは思わなかったけど。
「う、うぅ……」
アザミは床に突っ伏して泣き始めたが、誰もアザミを助け起こそうとはしなかった。
それどころか、殆どの人達がアザミから目を逸らして、自業自得な女の事を疎ましく思っていた。
しばらく泣いていたアザミは、よろよろと立ちあがる。
涙で目が腫れ上がり、とても見れた顔じゃない。
「こ、こんな事して、唯じゃ済まないわよ……!泣いて傷付いて、可哀そうな私の姿に、精々、心を痛めて死ねばいいわ!」
アザミの言葉を、カトリーナは鼻で嗤う。デイジー達の事が無かったら、声を上げて嘲笑いたいくらいに可笑しい。
―私が、この女を泣かせた罪悪感で死ぬ?本気でそう思っているのかしら?
突拍子の無い事を言い出したアザミに、カトリーナは屈託のない笑みを見せる。
「残念ね。私、さっきから全く心が痛まないわ。貴女なんかのせいで、死ぬつもりは無いもの」
―馬鹿な女。その死はいずれ貴女が迎えるのよ。いえ、必ずそう仕向けてやるわ。
カトリーナは敵意、殺意を隠さずに、アザミを真っすぐに見つめる。
むしろ、お前が今すぐ消えてしまえ。
* * * * * * * *
心底可笑しい。そう嗤うカトリーナの正面にいるアザミだけが気が付いていた。
カトリーナの瞳に、明確なアザミへの憎悪と殺意が秘められている事に。
アザミは、全身が冷え切るような恐怖心を覚えるも、平民の服を身に纏ったカトリーナに臆する自分を認めたくなかった。
―何よ。こんな奴、みすぼらしい乞食の癖に……!
* * * * * * * *
アザミの考えなど露知らず、カトリーナはアザミに背を向けると、エステル姉妹の方を向く。やはりデイジーは泣いていて、そんな姉を抱きしめているエイミーは、アザミの方を殺さんばかりに睨みつけていた。
カトリーナは心が痛んだ。
―私を庇ったせいで……
何と声を掛けたらいいか、カトリーナにはわからなかった。
そして、
「ごめんなさい。私を庇ってくれたのに……」
薄っぺらい謝罪が口から出てきて、カトリーナは自己嫌悪する。
―こんなの「良いですよ、気にしないで」って言われるのを望んでるみたいじゃない……!
カトリーナは自分の言葉を恨みつつも、デイジーにハンカチを渡す。
デイジーは黙ってハンカチを受けとると、遠慮がちに目元に当てる。
「ぁ……、あり……う……」
お礼を言おうとするデイジーだが、声が震えて言葉にならなかった。
そんな友人の姿に、カトリーナは涙が零れる。
―私が泣いてどうするのよ!!
こんな事になるなら、呪いなんかに頼らず、さっさとアザミを始末すればよかった。カトリーナは後悔と怒りで一杯だった。
「カトリーナ!!」
エイミーが突然叫んだ。
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