8.迎えの馬車~待ち望んだ旅立ち~
多くの者たちが指折り数えて待ち望んだ日が、ついにやってきた。
「カ、カトリーナお嬢様。お迎えが到着しました」
一人の侍従がどもりながらも、その時を伝える。彼は初めてカトリーナが反撃した日に、一人で部屋の後始末をさせられた侍従だ。
カトリーナは自室にて、『はじめてのまほう』という子供向けの魔法書を読んでいた。ギルドで知り合った親切な男から貰った本で、最近のカトリーナの愛読書だ。
「ありがとう、直ぐに行くわ」と言って、傍らに準備していた旅行鞄を手に、意気揚々と部屋を出た。
すると、何故か侍従も後ろから付いて来る。
「もう下がっていいわよ。荷物もこれだけだし」
カトリーナそうと言って、軽々と運べるサイズの旅行鞄を見せる。
けれども侍従は「いえ、お、お見送りさせてください」と言ったきり、黙って付いてきた。
カトリーナも、特に侍従の存在が邪魔ではなかったので、それ以上は言わなかった。
屋敷の外に出るまで、誰にも遭遇しなかった。カトリーナにとって、それは幸先のいい有難いことだった。
エレナが暴れて泣き叫んでいるのが聞こえるが、ここ最近でそれは日常と化している。
今回、カトリーナは誰にも邪魔をされずに、玄関の外に出た。門の外には、見たことの無い馬車が止まっており、見たことの無い一人の男が立っていた。
カトリーナが出てきたのを見ると、男は帽子を取って一礼し「どうぞ」と言って馬車の扉を開ける。
カトリーナは「ありがとう」と言って中に入ると、扉が閉まった。
侍従が男に二、三言話しかけ、男になにやら袋を渡すと、男はそれを懐に入れて馬車の運転席に向かう。
馬車がゆっくりと動き出す途中に、エレナの部屋が見えた。部屋の中のエレナは私に気が付きなにやら喚いている。
カトリーナは「相変わらずねぇ」と独り言を言いながらも、満面の笑みを浮かべて手を振った。
もちろん、挑発だ。
案の定、エレナは窓に向かってぬいぐるみやらを投げつけて暴れ出し、侍女たちが宥めるも効果はなく、何人かの侍女が横っ面を引っ叩かれていた。
カトリーナは満足のいく景色を見届けると、窓の外から目を逸らす。後は、レーム学園を目指すだけ。
―楽しみだわ。噂はいろいろあるけれど、実際はどんなところなのかしら。
学園生活に心を弾ませるのも束の間、しばらく進んだ、人の気配の無い山道で、急に馬車が止まる。
「何かあったの?」と運転席にいるはずの男に声をかけるが、返事はない。
カトリーナは怪訝に思うが、木々に囲まれた周囲を見て、ある疑問が浮かぶ。
レーム学園に入学するには、ホルムクレン公国まで船に乗らなくてはならないはずだ。
―いつの間に。どうして、こんな山奥にいるのかしら。
疑問に思ったカトリーナだが、馬車の扉は内側からは開けられない。
どうしたものかと思案していると、運転席の男が音もなくナイフを持って乗り込んできた―
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カトリーナが屋敷を離れた頃と同時刻―
「カトリーナは馬車に乗ったか」
カトリーナの父、トレンス伯爵が侍従に尋ねる。
「は、はい。間違いなくお乗りになりました」
カトリーナを見送った侍従が答えると、伯爵はにやりと笑った。
「そうか―馬鹿な娘だ。自分が殺されるとも知らずに」
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