75.閑話~ラトリエルの焦燥(3)~
イヴのふざけた返答が、結果的には嘘じゃなかった事を知ったのは、その翌日の事だった。
カトリーナが探していたのは、本当にイヴだったらしい。
イヴの中性的な容姿を見て、女性と思い込んでいたと言う。
―本当に愛おしい人だ。こんな憎たらしい奴を「美人」だなんて。
自分の勘違いを目の当たりにしたカトリーナが、顔を赤くして恥じらう姿は可愛くてしょうがない。誤解が解けた後、毅然と礼儀を尽くす様子は、彼女の真面目な一面が出ていた。
ラトリエルはカトリーナの方を見るが、そのカトリーナはイヴと話していて気が付かない。それは面白くなかった。
―それにしても、何で、いつの間に仲良くなったんだ!?
銀髪美人の謎は解けたが、全く嬉しくなかった。
図書室を追い出されてからも、ラトリエルはずっと不機嫌なまま。
図書室で話し込む二人は、随分と仲睦まじく見えて、距離が近くて、ラトリエルは嫉妬で暗い怒りが沸いた。
しかも、
「可愛い後輩と話してたんだ。ねぇ、カトリーナ」
カトリーナの名前を呼び、親し気に肩に手を添えたイヴが、憎くて仕方がない。
―僕だって、まだ名前を呼べていないのに!!
思い出しただけでも、嫌な感情が渦巻く。
そんな中、
「じゃあ、イヴ先輩って呼びますね」
イヴがカトリーナに名前を呼ばれた。
カトリーナと一番仲の良い男は自分だ。そんな自負のあるラトリエルはショックだった。
―僕も名前が良いって頼んだら、呼んでくれるかな?
ラトリエルは、以前夢に見たカトリーナの事を思い出す。
辛い夢から、幸せな夢へと変わったあの夢を。
―夢では「ラトリエル」だったけど「エル」が良いな。
エルという呼び名は、ラトリエルにとって両親だけが呼ぶ特別なものだった。
叔父一家は勿論の事、クラリスにも呼ばれた事は無い。
―イヴは勝手にそう呼ぶけど。それも長いからって理由で。
何度止めてくれと言っても、イヴは聞かない。
フォルカー公爵家の跡取りで、魔法の才を持って生まれたイヴは、大層甘やかされて育ったらしく、傲慢な性格なのだ。
「少しは見習ったら?エル」
不意にこちらを呼ぶイヴに、腹が立って「気やすく呼ぶな」と本音を返す。
ハッとした時には遅かった。不遜な態度のラトリエルを、カトリーナが真っすぐ見つめていた。
―しまった!カトリーナの前では紳士的で居たかったのに……。
とっくに手遅れな事を知らないラトリエルは、項垂れるも、イヴの言葉で肝を冷やした。
「命の恩人にそれは無いだろう。誰のおかげで生き長らえたと思ってるの?」
ラトリエルは、イヴに歯向かった事を後悔した。
「命の恩人?」と首を傾げるカトリーナの反応を見て、後悔は募る。
―イヴの助けが無いと駄目な奴だなんて、知られたくない。
ラトリエルは謝りながらも、頭の中がこんがらがっていた。
そんな中、イヴの口撃は止まない。
「貴方の魔力量がレーム学園に相応しくない事は、倒れた時に皆知っているでしょう。現にカトリーナは入学式が終わって直ぐに、貴方の様子を見に行くくらい心配してたんだ。貴方が無謀にも聖地に足を踏み入れたせいでね」
黙って俯くしかなかったラトリエルは、思わず顔を上げる。
―お見舞い……来てくれてたんだ。
それを知って、更に気は沈む。
―とっくにかっこ悪い所、見られてたんだ……。
だから、その後会いに来て貰えなかったのかな?
イヴが言うみたいに「弱いのに無理して倒れた愚かな男」って思われたのかな?
それとも「実力不足の迷惑な奴」とか?
今までも優しさで、もしかしたら罪悪感を持たない為だけに、仲良くしてくれていたのかな?
カトリーナだけじゃなくて、デイジーとエイミーも……。
「はっきり言って迷惑だ」
ラトリエルは、今すぐに自分を消し去りたかった。
この時は、自身の復讐の事は頭から抜け落ちていた。
「それは言い過ぎです」
凛とした声が耳に届く。
いつの間にかカトリーナが近づき、目の前に立っていた。
―さっきまで、イヴの方に居たのに。
イヴの視線を遮るかのように前に立つカトリーナは、声高らかに言う。
「彼は課題や実技も卒なくこなします。ハスティー卿はレーム学園で学ぶべき生徒です」
「ハスティー卿は、レーム学園に相応しい生徒です。迷惑だなんて思っていません!」
そう断言するカトリーナに、ラトリエルは泣きそうになった。
これ以上、みっともない姿を見せたくなくて、グッと堪える。
―ありがとう、カトリーナ。
たった今、君は僕の命を救ったんだ。
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