71.エル~押し殺した罪悪感~(1)
イヴが魔法でこの場を去ると、カトリーナとラトリエルの間に沈黙が流れた。
最初に声を掛けたのはラトリエルだった。
「図書室ではごめんよ。感じ悪かったよね」
髪に手をやりながら謝るラトリエルに、カトリーナは「気にしてないわ」と言った。
「イヴ先輩とは、仲悪いの?」
カトリーナがイヴの名前を出すと、ラトリエルは露骨に顔をしかめる。
「あの人の事は好きじゃない。でも、嫌いは言い過ぎるか……うーん、嫌い寄り?」
ラトリエルは一人考えながら、コロコロと表情を変える。
―命の恩人って言ってたから、その辺複雑なのかしら。イヴ先輩は変わっているけど、良い人そうなのに。
歴史上、ホルムクレンとマシャードは、あまり友好的では無いとカトリーナは考察している。それぞれの貴族である二人は、一体どんな関係なのだろう。
「あの人から庇ってくれて、嬉しかったよ。自分に自信が持てた。ありがとう」
「別に、本当の事を言っただけよ。ハスティー卿は嫉妬しちゃうくらい、魔法も調合も上手なんだから」
―昔のラトリエルの事は知らないけど、イヴ先輩も、今のラトリエルの実力を知ったら、少しは見方が変わるかも知れないわ。
きっとイヴは心配しているだけなのだと、カトリーナは思っている。
「カ……トレンス嬢は、あの人とどうやって知り合ったの?」
ラトリエルに聞かれたカトリーナは、あの日、医務室での事が思い出されて、少し憂鬱な気持ちになる。当時ほどでは無いにしても、気持ちは暗くなった。
「……入学式の時にちょっとね。ハンカチを借りたの。名前を聞く前に、魔法で消えちゃったから探すのに苦労したわ。貴方にも聞いたでしょ?」
カトリーナが聞くと、苦虫を噛み潰した様な顔でラトリエルが言う。
「あぁ、銀髪で美人の上級生を紹介して欲しいって話だったよね。確かにイヴは……顔は良いけどさ。女性だと思ったから、そんな人知らないって言ったら、びっくりして……。今日その理由が分かったよ」
ラトリエルが、その時の事を思い出して笑う。
ずっと浮かない顔をしていたラトリエルがようやく笑ったので、カトリーナはホッとするも、自分の勘違いが、かなり尾を引いていたので、ちょっと恥ずかしい。
「そういえば、図書室に用があったのよね?今日の課題?」
カトリーナが聞くと、ラトリエルは思い出したように「あっ」と声をあげる。
「うん。もうほとんど終わっているんだけど、ついでに本でも読もうと思って」
「そっか……」
司書を怒らせた為、今日はもう、二人とも図書室には入れない。
「私はまだ手を付けてないの。……良かったら教えてくれない?」
元凶のカトリーナは、その事を脇に置いて、丁度良かったとばかりにお願いをする。すると、
「良いよ、それじゃあ談話室に行こうか」
と言ってラトリエルは左手を差し出した。
カトリーナはその手を取る。銀の鍵は、手をつないだ相手も連れて行く事が出来るのだ。
この事は、ラトリエルから教えて貰った。
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ラトリエルが銀の鍵を使うと、直ぐに開けた場所―談話室に転移する。
談話室と聞くと賑やかな印象を受けるが、ここには誰も居ない。他者を避ける生徒達の傾向が、今の現状にも表れていた。
二人はがら空きのソファに向き合って座り、課題を広げる。
全く手を付けていないカトリーナは、すらすらと空欄を埋めていき、ラトリエルを感嘆させた。
「凄い。僕が教える事なんて無いよ」
「ありがとう。でも、早いのは基礎だけよ」
カトリーナは、ペンを持つ手を止めずに続ける。
「最初の問題は、教材にも載ってる内容だから。助けて欲しいのは、この問題」
最後の問題の所で、カトリーナは手を止める。
次の魔法について見解を述べよ、という問題だ。
「これは……僕も困ってるんだ」
苦笑するラトリエルにカトリーナも「やっぱり?」と苦笑いをする。
「配られた時は、特に気にならなかったのよね。思ったより悩むわ……」
「僕もだよ。なんとかして埋めるしかないね。同じ答えを写し合っても駄目だろうし」
二人は悩みに悩んで、結局はそれぞれの部屋から教材やら本を持ち寄って、色々と話しながら、何とか答えを思い付いた。
やっと終わった頃には日も暮れて、もうすぐ夕食の時間。
「あぁ、ようやく片付いた。ありがとう……トレンス嬢」
「こちらこそ。ハスティー卿のおかげで早く終わったわ」
カトリーナは満足のいく回答を見て、達成感に浸った。たまには、誰かと話しながら取り組むのも良いかもしれない。
―今度はデイジーとエイミーも誘おうかしら。難しい課題なら、需要もあって自然と集まりそうだし。
授業はいつも4人並んで受けるが、自由時間は自然とバラバラになる。
各々好きな事をして過ごすのだ。それでも、気まずくならないこの関係が、カトリーナには心地よかった。
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