70.フォルカー公子のイヴ(2)
カトリーナはイヴに向き直って、正直に話す。
「私、実は初めて会った時に、貴方が男なのか女なのか迷っていたんです。その、綺麗だったから……どっちなんだろうって」
医務室での事があったばかりで、早とちりした事は黙って置く。これは言いたくなかった。ラトリエルに聞かれたくなかったからだ。
「失礼な事をして、ごめんなさい」と謝るカトリーナに、イヴは「ふむ」と腕を組みなおす。
「まぁ、僕が美しいのは否定しないよ。もう誤解は解けたかい?」
「はい、イヴ先輩は男です」
「よろしい。素直な子は好きだよ。……少しは見習ったら?エル」
イヴがラトリエルの方を見る。
カトリーナを見る時とは違って少し冷たいが、親しげではある。複雑な面持ちだ。
けれども、ラトリエルはそんなイヴの事が、気に入らないらしい。
「気やすく呼ぶな」
そう言い放った。
彼が他者にこんな接し方をするのは、アザミ以外に見たことがなかった。
―アザミくらい嫌いなのかしら?何をされたんだろう?
自分が知らないだけで、イヴは嫌な奴なんだろうか?と考えていると、ラトリエルの態度にイヴはため息をつく。
「命の恩人にそれは無いだろう。誰のおかげで、生き長らえたと思ってるの?」
イヴがそう言うと、ラトリエルはさっきまでの威勢が鳴りを潜めて、気まずそうな顔をした。
「命の恩人?」と首を傾げるカトリーナの様子に、ラトリエルがイヴに向かって早口で、
「そ、その事は感謝しているよ。でも、その話は……」
捲し立てる様に言ったかと思うと、今度は言い淀むラトリエルに、イヴは「お友達の前では恥ずかしいって?」と揶揄う。
そして、
「貴方の魔力量がレーム学園に相応しくない事は、入学前に倒れた時点で、皆知っているでしょう」
と、今度は本当に冷たい声で言った。
「現にカトリーナは、入学式が終わって直ぐに、貴方の様子を見に行くくらい心配してたんだ。資格の無い貴方が無謀にも、聖地に足を踏み入れたせいでね」
カトリーナは、急に自分の話をされて少し戸惑ったが、イヴは更に言い募る。
「僕は昔から反対だったよ。学年が上がってからは特にね。そんな少ない魔力でレーム学園に来るなんて、はっきり言って迷惑だ。学校で死を目にする人達が、何も感じないとでも思っているの?」
イヴの言葉に、ラトリエルは悔しそうに黙り込む。
拳を握り過ぎて震えていた。
そんな様子にカトリーナは、居てもたってもいられず「それは言い過ぎです」とラトリエルの前に立って言った。
イヴは意外そうにカトリーナの方を見る。
「言いすぎ?僕は本当の事を言っているだけだよ」
「確かに、ハスティー卿の魔力は多くは無いかもしれません」
カトリーナの言葉に、後ろでラトリエルが息を飲んだのが聞こえた。
黙っておけば良かったかもしれないと思いつつ、カトリーナは続ける。
「ですが、彼は課題や実技も卒なくこなします。私や他の1年生も、助けられたばかりです」
事実、ラトリエルの成績は一年生の中でも良い方だった。まだ、基礎中の基礎の授業しか受けられないが、魔法は基礎から難解な学問なのだ。
特に、カトリーナが苦手な魔法薬学は、ほとんどの生徒が苦手だ。
ある日の魔法薬学の授業にて―
他の生徒達が調合に失敗している中、ラトリエルはその授業で初めての実技「声変えの薬」の調合を、唯一成功したのだ。
次の実技テストに「声変えの薬」の調合は必須の為、暫くの間、ラトリエルは一年生の頼みに答えて、調合の練習にかかりきりになった事がある。
カトリーナも何度か付き合って貰い、ようやく成功できるようになったのだ。
もし、ラトリエルが居なかったら、今回の一年生は未だに全員が、調合の思考錯誤に、頭を悩ませていた事だろう。
「ハスティー卿は、レーム学園に相応しい生徒です。迷惑だなんて思っていません!」
カトリーナは断言した。
少なくとも調合の件で、世話になった人は同じ気持ちのはずだ。
イヴはカトリーナの剣幕に「これはこれは……」と愉快そうにも、侮蔑している様にも見える笑みを浮かべる。
―イヴ先輩からしたら、納得いかないのかも。この数年で居なくなった人は、何人もいるらしいし。
その中には、イヴの知り合いもいたのかもしれない。
だからこそ、ラトリエルがここにいる事が、気に入らないのだろう。
魔力が少ないと知っていながら、魔法ゲートをくぐるラトリエルの無謀を、許せないのかもしれない。
―魔力が少ないのは、本当に致命的だもの。ここでは、移動の度に魔力を使うんだから。それを知り尽くしているイヴ先輩が、反対したのもわかるわ。それでも……。
それでも、カトリーナはラトリエルを庇わずには、いられなかった。
イヴの言葉が正しいのかもしれないと思いつつも。
これが、惚れた弱みというものなのかもしれない。
―もし、これでイヴ先輩に疎まれたとしても、仕方がないわ。仲良く出来たらそれが一番だけど。私が選ぶ人は、決まっているから。
カトリーナが権力者を敵に回す覚悟を若いなりにしたところだが、イヴの反応は、思った以上に好意的だった。
「貴女のような素敵な子が、エルの隣に居てくれて嬉しいよ。巻き込んで悪かったね」
イヴは表情を和らげてそう言うと「またね」と言って消え去った。
―イヴ先輩の方は、そんなにラトリエルの事を嫌っていないのかもしれないわ。言葉は辛辣だったけど。
カトリーナはイヴの顔を見て、何となくそう思った。
これが、ホルムクレンの魔女であるヴィオラ・レム・フォルカーの末裔、イヴとの再会の出来事である。
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