表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/124

70.フォルカー公子のイヴ(2)


 カトリーナはイヴに向き直って、正直に話す。


「私、実は初めて会った時に、貴方が男なのか女なのか迷っていたんです。その、綺麗だったから……どっちなんだろうって」


 医務室での事があったばかりで、早とちりした事は黙って置く。これは言いたくなかった。ラトリエルに聞かれたくなかったからだ。


「失礼な事をして、ごめんなさい」と謝るカトリーナに、イヴは「ふむ」と腕を組みなおす。


「まぁ、僕が美しいのは否定しないよ。もう誤解は解けたかい?」

「はい、イヴ先輩は男です」

「よろしい。素直な子は好きだよ。……少しは見習ったら?エル」


 イヴがラトリエルの方を見る。

 カトリーナを見る時とは違って少し冷たいが、親しげではある。複雑な面持ちだ。


 けれども、ラトリエルはそんなイヴの事が、気に入らないらしい。


「気やすく呼ぶな」


 そう言い放った。

 彼が他者にこんな接し方をするのは、アザミ以外に見たことがなかった。


―アザミくらい嫌いなのかしら?何をされたんだろう?


 自分が知らないだけで、イヴは嫌な奴なんだろうか?と考えていると、ラトリエルの態度にイヴはため息をつく。


「命の恩人にそれは無いだろう。誰のおかげで、生き長らえたと思ってるの?」


 イヴがそう言うと、ラトリエルはさっきまでの威勢が鳴りを潜めて、気まずそうな顔をした。

「命の恩人?」と首を傾げるカトリーナの様子に、ラトリエルがイヴに向かって早口で、


「そ、その事は感謝しているよ。でも、その話は……」


 捲し立てる様に言ったかと思うと、今度は言い淀むラトリエルに、イヴは「お友達の前では恥ずかしいって?」と揶揄う。


 そして、


「貴方の魔力量がレーム学園に相応しくない事は、入学前に倒れた時点で、皆知っているでしょう」


 と、今度は本当に冷たい声で言った。


「現にカトリーナは、入学式が終わって直ぐに、貴方の様子を見に行くくらい心配してたんだ。資格の無い貴方が無謀にも、聖地に足を踏み入れたせいでね」


 カトリーナは、急に自分の話をされて少し戸惑ったが、イヴは更に言い募る。


「僕は昔から反対だったよ。学年が上がってからは特にね。そんな少ない魔力でレーム学園に来るなんて、はっきり言って迷惑だ。学校で死を目にする人達が、何も感じないとでも思っているの?」


 イヴの言葉に、ラトリエルは悔しそうに黙り込む。

 拳を握り過ぎて震えていた。


 そんな様子にカトリーナは、居てもたってもいられず「それは言い過ぎです」とラトリエルの前に立って言った。


 イヴは意外そうにカトリーナの方を見る。


「言いすぎ?僕は本当の事を言っているだけだよ」

「確かに、ハスティー卿の魔力は多くは無いかもしれません」


 カトリーナの言葉に、後ろでラトリエルが息を飲んだのが聞こえた。

 黙っておけば良かったかもしれないと思いつつ、カトリーナは続ける。


「ですが、彼は課題や実技も卒なくこなします。私や他の1年生も、助けられたばかりです」


 事実、ラトリエルの成績は一年生の中でも良い方だった。まだ、基礎中の基礎の授業しか受けられないが、魔法は基礎から難解な学問なのだ。


 特に、カトリーナが苦手な魔法薬学は、ほとんどの生徒が苦手だ。


 ある日の魔法薬学の授業にて―

他の生徒達が調合に失敗している中、ラトリエルはその授業で初めての実技「声変えの薬」の調合を、唯一成功したのだ。


次の実技テストに「声変えの薬」の調合は必須の為、暫くの間、ラトリエルは一年生の頼みに答えて、調合の練習にかかりきりになった事がある。


 カトリーナも何度か付き合って貰い、ようやく成功できるようになったのだ。

 もし、ラトリエルが居なかったら、今回の一年生は未だに全員が、調合の思考錯誤に、頭を悩ませていた事だろう。


「ハスティー卿は、レーム学園に相応しい生徒です。迷惑だなんて思っていません!」


 カトリーナは断言した。

 少なくとも調合の件で、世話になった人は同じ気持ちのはずだ。


 イヴはカトリーナの剣幕に「これはこれは……」と愉快そうにも、侮蔑している様にも見える笑みを浮かべる。


―イヴ先輩からしたら、納得いかないのかも。この数年で居なくなった人は、何人もいるらしいし。


 その中には、イヴの知り合いもいたのかもしれない。

 だからこそ、ラトリエルがここにいる事が、気に入らないのだろう。

 魔力が少ないと知っていながら、魔法ゲートをくぐるラトリエルの無謀を、許せないのかもしれない。


―魔力が少ないのは、本当に致命的だもの。ここでは、移動の度に魔力を使うんだから。それを知り尽くしているイヴ先輩が、反対したのもわかるわ。それでも……。


 それでも、カトリーナはラトリエルを庇わずには、いられなかった。

 イヴの言葉が正しいのかもしれないと思いつつも。

 これが、惚れた弱みというものなのかもしれない。


―もし、これでイヴ先輩に疎まれたとしても、仕方がないわ。仲良く出来たらそれが一番だけど。私が選ぶ人は、決まっているから。


カトリーナが権力者を敵に回す覚悟を若いなりにしたところだが、イヴの反応は、思った以上に好意的だった。


「貴女のような素敵な子が、エルの隣に居てくれて嬉しいよ。巻き込んで悪かったね」


 イヴは表情を和らげてそう言うと「またね」と言って消え去った。


―イヴ先輩の方は、そんなにラトリエルの事を嫌っていないのかもしれないわ。言葉は辛辣だったけど。


 カトリーナはイヴの顔を見て、何となくそう思った。


 これが、ホルムクレンの魔女であるヴィオラ・レム・フォルカーの末裔、イヴとの再会の出来事である。



お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


よろしければ評価★★★★★や、ブックマークを

お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ