69.フォルカー公子のイヴ(1)
「ヴィンセント・イヴ・フォルカー。以後、お見知りおきを」
銀髪の人が恭しくお辞儀をして名乗る。
ヴィンセント・イヴ・フォルカー。そう名乗った銀髪の美しい人は、顔を上げると、にこりと微笑んだ。
―クラリスじゃなかったのね。完全に勘違いしていたわ、恥ずかしい……。
カトリーナは、自分の思い込みに顔を赤くしつつ、もう一つ気になる事を尋ねる。
「フォルカーって、ホルムクレン公国の……」
「そう、ここレーム学園理事長であり、公国を治めるフォルカー公爵の一人息子さ」
それを聞いて、カトリーナは衝撃の事実に叫ぶ。
「ええっーーーー!!男の人だったの!!?」
叫んだ瞬間、カトリーナの身体がフワリと浮き上がる。
慌てて周囲を見ると、ラトリエルや銀髪の人―フォルカー公子も浮き上がっていた。
そして、遠くには鬼の形相でこちらを見る、先程の司書。
「いい加減にしなさい。今日はもう出禁です」
怒気を滲ませ、静かにそう言うと、司書はペンを持った手を投げやりに振りかざして、カトリーナ達をそのまま廊下に放り出した。
「ごめんなさい。私のせいで……」
カトリーナは二人に頭を下げる。迷惑を掛けたら謝るのは当然だけれど、この時に「やってしまった事は仕方がない」と、必要以上に落ち込まないのが、レーム学園で生き残る術だ。
「いや、僕が最初に注意を受けてたから、目を付けられたんだ」
慰めるラトリエルに対して
「あれだけ大声出したら、関係なく追い出されるでしょ」
と冷静に口を挟むのは、銀髪の人ことフォルカー公子。
ラトリエルがフォルカー公子に掴みかかるのを、何とか止めるカトリーナは、二人の気を逸らそうと話題を変える。
「それにしても、貴方がフォルカー公子様だったなんて驚きました。今までのご無礼をお許しください」
フォルカー公爵家は他国の王家に仕える公爵家とは違い、彼ら自身が国を治める王家と、同等の権力を持っている。
更にフォルカー家が治めるホルムクレン公国は、小さな島国でありながら、最も魔法技術の発達した国で、魔法が一目置かれる今の世情、大国が無視できない程の影響力を持つ。とにかく凄い家柄なのだ。
―それに現公爵の一人息子なら、彼は次期公爵―公王になられる方だわ。
学校の中では家柄などを問わず、みな平等である。
それを鵜呑みにできる程、カトリーナは幼くはなかった。
―知らなかったとはいえ、一伯爵令嬢が……その肩書すら無いに等しい私が、馴れ馴れしい振る舞いだったわ。
深く頭を下げるカトリーナに、フォルカー公子は不満げに言う。
「そんなに畏まらなくて良い。僕たちの仲じゃないか。イヴって呼んでよ」
カトリーナは、公子の顔を窺いつつ頭を上げる。目が合うと、
「僕はカトリーナって呼んでるでしょ?」
と言った。
初めて会った時、カトリーナが家名を名乗らなかった事を言っているのだろう。
―本人がそう呼んで欲しいって言うんだから、失礼じゃないよね。社交辞令だったとしても、私には判らないもの。
「じゃあ、イヴ先輩って呼びます」
澄ましつつも素直に答えるカトリーナに、イヴは上品に微笑む。
「つれないねぇ。まぁ、いいか」
そう言ってイヴは「ところで……」と腕を組みながら、神妙な顔で聞く。
「さっき、僕がフォルカー家の人間であることよりも、男であることに驚いていたよね、どうして?」
朗らかに微笑みながらも、逃げる事を許さない雰囲気にカトリーナはたじろぎ、言葉に詰まった。
「ええっと……」
―どうしよう、怒っているのかしら?確かに異性に間違えられるのは良い気分じゃないわよね。それに私、イヴ先輩の事をクラリスだと思っていたし……。
女性だと思っていたら男性で、想い人の婚約者だと思っていたら、思った以上に仲が悪くて。今思えば、とんだ勘違いをしたものだとカトリーナは自分に呆れた。
カトリーナは狼狽えつつ、ずっとイヴの方を睨みつけているラトリエルをちらりと見た。
二人は知り合いらしいけれど、険悪な雰囲気―少なくともラトリエルはイヴの事を良く思っていないようだ。
―色々と気になるけれど、今は詮索する時じゃないわ。誤解していたことを謝らないと。
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