65.アザミとジゼル(2)
ロウバードは、蠟燭の明かり程度の火を宿す小鳥の姿をした精霊だ。
アザミに似合わず可愛らしい精霊だが、か弱く小さな姿に、火の精の中で最も位の高いフェニックスの名は重過ぎる。
カトリーナが指摘すると、アザミはフンッと鼻息荒く言い返す。
「なんて呼ぼうと私の勝手よ!大体、何でこの私にロウバードなんてハズレが付くのかしら。忌々しい」
アザミの酷い言い草に、カトリーナはムキになって言った。
「ハズレなんて、よくもそんな酷い事が言えたわね。貴女にはどんな精霊だって勿体ないくらいだわ!!」
アザミ如きに、こんな事を言われるロウバードが可哀そうだ。
ロウバードは、ある作家が手掛けた有名な物語に出てくる心優しい精霊で、精霊が見えない人々にも馴染み深い存在なのだ。アザミには、本当に勿体ない。
アザミはカトリーナの言葉を無視して「でも、こんな精霊でもアンタの名無しよりマシだわ」と吐き捨てるように言った。
「さっきから他人の精霊を名無し名無しって、あの子にはプレオって名前があるのよ。貴女の「フェニックス」と同じでね!!」
カトリーナが言い返すと、
「だって、名無しは名無しじゃない」
アザミは心底見下す様に、馬鹿にして嗤う。
「名無しを召喚するような落ちこぼれだから、スローン先生に呼ばれて罰を受けてたんでしょう?ホント、ちょっと魔法を使うのが上手いからって良い気になっちゃって可笑しいったらないわ!」
アザミの言う事にジゼルは黙って頷き、ニヤニヤとカトリーナを嘲笑っている。
ジゼルは何も言わないだけで、プレオを、カトリーナを、アザミと同じ価値観で見下しているのか明白だ。この短時間で、ジゼルの事がどんどん嫌いになっていく。
二人の勘違いに、今度はカトリーナが可笑しくて笑ってしまった。
「そんな事を言う為に、わざわざ授業が始まる時間ギリギリまで、私が出てくるのを待ってたの!?貴女達って、どうしようもない暇人なのね」
クスクスと笑いを押さえながら言うと、二人の顔は真っ赤になった。
アザミは馬鹿にされ返した怒りで、ジゼルは馬鹿にされた恥ずかしさで。
「スローン先生には、研究の手伝いを仰せつかったわ。「特別課題」よ。世界有数の実力者である先生直々にね」
「なっ、う、嘘よ!だってアンタの精霊は名無しじゃない」
「スローン先生は新種の精霊だとお考えだわ。だから、私が選ばれたのよ」
カトリーナが惨めな思いをしていると思って、わざわざ待っていたらしいアザミは、信じたくない様で「無能のくせに……!」とカトリーナに掴みかかろうとする。
―この前の様にはいかないわ。
突っ込んでくるアザミを避けると、勢い余ってアザミは顔からこけた。
アザミは転んだまま「うう、痛い……」と半べそをかく。その様子を見て、ジゼルがうっすらと笑ったのを、カトリーナは見逃さなかった。
アザミは涙と鼻水に塗れた顔を上げて叫ぶ。
「アンタの精霊は名無しよ、名無し!生きてる価値の無い奴!そんな奴を召喚したアンタは価値の無い無能なのよ!!」
アザミの暴言にカトリーナが水魔法を繰り出すのと、スローン先生が研究室から出てきたのは、ほぼ同時だった。水魔法によって水浸しになったアザミが悲鳴を上げるが、怒りに満ちたスローン先生が「今、名無しと言ったやつは誰だ」と言うと、押し黙った。
スローン先生は研究室での穏やかな様子からは想像できない程に怒り、その場に居る3人は怒気に震えた。
「口にするのも憚られるが、名無しは生きる価値は無い等と……!よくもそんな言葉を吐けるものだ!!」
誰が言ったのか見透かそうとするかのように、一人一人を睨みつける。
「わ、私じゃないわ!!ジ、ジゼルが……そう!ジゼルが言ってましたわよ!!」
アザミがジゼルの方を指さして言うと、無実の罪を着せられたジゼルが、目を見開いてアザミとスローン先生を交互に見る。
その動揺した姿を見て判断したのか、スローン先生がつかつかとジゼルの方に向かうのを、カトリーナは慌てて止めた。今にも殴りそうな勢いのスローン先生が、ジロリとカトリーナの方を向き「何かね?」と怒気を孕んだ低い声で言う。
―アザミが今回も逃げおおせるなんて許せない!
「先生、違います!プレオを罵ったのはデルルンド嬢です!!」
「トレンス嬢、何を言っているの!?言ったのはジゼルでしょ!ジゼル、そうよね?」
アザミがジゼルの方を睨むと、ジゼルは何も言わず、助けを求めるようにカトリーナの方を見る。先程まで、アザミと一緒になってカトリーナを見下していた癖に。
カトリーナは平気で罪を擦り付けるアザミにも、自分で何も弁明をせずに助けて貰おうとするジゼルにも腹が立った。
「言ったのはデルルンド嬢です。先生、暴言を受けた私が嘘を言うはずが無いでしょう?」
カトリーナの説明に、少し冷静さを取り戻したスローン先生が「確かに、その通りであるな」と顎髭を撫でながら言う。
アザミは尚も違うと喚くが、スローン先生は聞き入れない。ジゼルが安心したような顔をしているのを横目に、カトリーナは言葉を付け足す。
「ブラン嬢はデルルンド嬢が罵るのを、一緒になって嗤っていただけです」
ジゼルは裏切られたような顔をしてカトリーナの方を見た。
カトリーナは冷ややかな目でジゼル嬢の方に向き直り「二人は研究室を出来てきた私を待ち構えて、プレオの事を馬鹿にしたんです」と言った。
それを聞いたスローン先生は
「全く嘆かわしい!罪のない生き物を侮辱するとは!!君達には特別な指導がいる。とっとと来たまえ!!」
そう言って魔法で無造作に二人を浮かべると、研究室にぶち込み、大きな音を立てて扉を閉めた。
おそらく二人は、次の授業には出られないだろう。スローン先生の話は、校長の話の次に長いのだから。
―いけない!あの二人のせいで授業に間に合わないわ!
一人になったカトリーナは、慌てて銀の鍵で転移する。
―間に合いますように!!
お読み頂きありがとうございます。
次回も読んで貰えると嬉しいです。
よろしければ評価★★★★★や、ブックマークを
お願いいたします。




