64.アザミとジゼル(1)
スローン先生の研究室を出たカトリーナは、プレオの召喚を解く。
「プォゥ……」
寂しそうに見上げるプレオの様子に、解くのを躊躇ってしまうがグッと堪える。
次の授業まで時間が無いのだ。仕方がない。
「また後でね」
カトリーナが召喚を解くと、プレオは一瞬で姿を消した。フーの時とは違ってプレオに帰るように「命ずる」だけで良い。
研究室の中で、一時間の自由時間はほとんど終わりかけていた。早く教室に向かわねばならない。
―一旦、部屋に戻って教科書を持ってこなくちゃ。それから……
カトリーナが銀の鍵で移動しようとすると、
「あらぁ!?落ちこぼれのトレンス嬢じゃありませんこと!?」
アザミの声だ。
聞くのも嫌だが、復讐の為にはこの女との接点は欠かせない。
―何でこんな時間にいるのかしら?授業をサボるなんて事は有り得ないだろうし。
カトリーナはしぶしぶ声の方に振り返る。
振り返ると、こちらを見下すようにふんぞり返っているアザミと、その隣にはジゼルが、怒りを露にしてカトリーナを睨みつけていた。
ジゼルの視線にカトリーナは疑問を持つ。
心当たりが無いのもそうだが、気の弱いジゼルが誰かに敵意を向けるのが意外だった。
―アザミは今更驚かないけど、ほとんど話した事も無いジゼルに疎まれるような覚えは無いのだけど。
カトリーナはアザミよりもジゼルに興味が移る。
「御機嫌よう、ブラン嬢。そんな睨む様な顔をして、何か私に言いたい事でもあるんですか?」
ブラン嬢とはジゼルの事だ。
ジゼルは面と言われたことに動揺したのか、顔を青ざめさせる。言葉を敢えてきつくして言ったのも関係しているかもしれないが、先に敵意を向けたのはジゼルの方だ。
何も言わず、怯える様に、ジゼルはカトリーナから視線を逸らした。
これには少しムッとしたカトリーナは
「どうして何も言わないの?睨んでいたのは気のせいだとか、言い訳の一つも出来ないのです?」
と畳み掛ける。
―同じだんまりのエイミーとは違って嫌な感じだわ。追及されたくなかったら、隠せばいいのに。中途半端な人って、本当に腹が立つ!
カトリーナに自覚がなかったが、ジゼルの態度は伯爵家で冷遇されている時に、遠巻きに悪意を向ける夫人や使用人たちを彷彿とさせた。だからこそ、今まで何とも思っていなかったジゼルの事が、一気に嫌いになった。
カトリーナが「何も無いならもう行くわね」と銀の鍵を握り直すと「私を無視すんじゃないわよ!!!」とアザミが地団太を踏んで叫ぶ。
「あぁごめんなさい。デルルンド嬢、忘れてたわ」
嫌味でなく素で忘れていたカトリーナに、アザミはキィィィと歯を食いしばり、顔を歪ませる。
「名無しの精霊しか呼べない落ちこぼれの癖に!!精霊もアンタにそっくりな間抜け顔、笑っちゃったわ!!」
―名無しの精霊?
カトリーナは、名無しと言う言葉を初めて聞いた。何が落ちこぼれなのかも、わからない。
けれども、プレオを貶されたことだけは確かで、アザミに冷ややかな目を向ける。
―使用人のいない生活の中で片付けも出来ない無能のくせに。何言っているんだが……。
髪を束ねるなど、自分の身の回りが全くできない、やろうともしないアザミは、着飾ってはいるが清潔感が無く、日を追うごとに汚らしくなっていた。
身の回りの世話は、ジゼルにでもさせているのだろう。全く行き届いていないが、本来ジゼルは使用人ではないので、当たり前だ。
「プレオは賢いし、貴女と違って行儀の良い子よ。人並みの暮らしも出来ない貴女に馬鹿にされる謂れは無いわ」
「何ですって!!」
アザミがこめかみに青筋を立てる。
「私がアンタの名無しに劣るわけないじゃない!?それに、私のフェニックスの方がずっと素晴らしいわよ!!」
「フェニックスって……」
カトリーナは呆れてため息をつく。ジゼルもアザミの隣で、アザミに見えない様にうんざりした顔をしていた。
少し前のカトリーナなら、アザミに付き合わされているジゼルに同情したが、敵意を向けておきながら黙り込む人など、もうどうでもいい。
「確かに鳥の姿をした火の精だったけど、貴女の精霊は「ロウバード」じゃない!」
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