63.謎の精霊プレオ~特別課題~(2)
「プレオは新種の精霊、若しくは魔法生物である可能性が高いという事だ。プレオが何物であれ、これは大発見なのだよ!!」
急に大声を出したスローン先生に驚いたプレオが、「プオオーン!!」と雄叫びを上げてカトリーナから跳び降りる。その時にプレオの耳が大きくはためき、カトリーナはもろに風圧を被って髪が乱れた。
「ブオーーン」
スローン先生を威嚇するように低く唸るプレオに、カトリーナは髪を整えながら、どうしたものかと思案する。下手に近づいてプレオを刺激してはいけない気がしたのだ。
プレオに警戒されたスローン先生は、少し寂しそうな顔をして謝る。
「驚かして済まないね……。いつもの悪い癖なのだ。私自身は精霊や魔法生物が好きなのだが、どうにも彼らには嫌われやすい」
―それは先生が愛ゆえに、踏み込み過ぎるせいでは?
カトリーナはそう思ったが、口には出さなかった。言われなくても先生本人も自覚している事だろう。プレオをどう落ち着かせるか考えていたカトリーナは、とりあえず声を掛ける事にした。
「大丈夫よ、プレオ。驚かせちゃったけど、先生は貴方を傷つけはしないわ」
カトリーナの声で落ち着いたのか、プレオの唸り声はだんだん小さくなる。
しばらく様子を見ていると、プレオは完全に機嫌を直したのか、のしのしとカトリーナに近づき、隣に寄り添った。
「君は待つことが出来る人なのだね。私も見習わなければ」
「そんな君に頼みがある」と、スローン先生はカトリーナの方に向き直る。
「私はプレオの事を調べ上げ、世間に公表したいと思っている。無論、そうする前にいろいろと、本当に新種なのかなど調べる必要はあるが、プレオが珍しい事には違いない。どうか私に協力してくれないか?」
スローン先生が頭を下げるも、カトリーナは答えに迷った。
断るのは罪悪感を生みそうではあるが、とても面倒だったり、なによりプレオを使って実験をしたりするなら、絶対に断らないといけない。
―精霊学や魔法生物学の発展、他の学問もかもしれないけど、中には残酷な実験によって明かされた分野もあるって本で読んだわ。
カトリーナは所狭しと並べられた標本を見ながら考える。ここの剥製や標本達は、きっと生き絶えてから加工されたもので、殺された訳では無いと信じたい。
「協力って何をすればいいのでしょう?プレオに害が及ぶなら、引き受けられません」
まずは具体的に聞かないと判断が付かない。
カトリーナの質問に、スローン先生は身振り手振りを交えながら熱心に答える。
「無論、そんな事はしないと約束する。君に頼みたいのは、定期的に私にプレオを観察させて欲しいのがひとつ。君もその場に付き合って貰いたい。如何せん、私は歯止めが利かなくなる。プレオも嫌がるだろう。もう一つは―」
スローン先生が別の机に積み上げられていた紙を、魔法で引き寄せる。
テーブルに置かれた紙を覗き見ると、いろいろと項目があるのが見えた。
「プレオの普段の様子……何を食べたとか、何をしたとか。どんな些細な事でも構わない。この紙にまとめて提出して欲しい」
山のような紙の束を見て、カトリーナは考える。
―それだけなら、プレオには害は及ばないわね。でも、この量の観察日記って、そこまで時間を取られるのは困るわ。
カトリーナは一応貴族に生まれ、最低限の教育は受けていたので、読み書きには困らない。ただ、本来ならばとっくに習っているはずの教養は、学ぶ機会を伯爵たちに奪われていた。
そのため、今後の授業に付いて行くためには独学で魔法以外の事も学ぶ時間が必要になるのだ。
―プレオの事は私も知りたいけど、常に召喚しておくわけにもいかないし……。
召喚魔法は、常に魔力が消耗し続ける。
安易に召喚を続けると、魔力が枯渇してしまうのだ。休息を取れば回復するとはいえ、学内の移動にも魔力を使うレーム学園では、陥りたくない状態である。
カトリーナがそれらの不安を話すと、スローン先生は「そんなに固く考えなくて良い」と言う。
「観察は君の気が向いた時や、時間の空いた時などで構わない。それに、定期的に私の元へ来てもらうのだから、君の学生生活に負担になるような事は強要しないさ。安心したまえ」
更にスローン先生は、僅かながらも報酬を払うと言ってくれた。研究者でもある教師達から生徒への研究に関わる頼みは「特別課題」と呼ばれ、生徒の合意が条件だが、珍しい事ではないらしい。
過去に生徒をタダ働きさせた挙げ句、研究成果を独り占めした結果、生徒達が暴動を起こし、強制退職した者がいた事に端を発するという。
報酬が貰えるのは、実家を頼れないカトリーナにとって、有難い申し出だった。
―余裕がある時だけで良いのなら、私にとっても、プレオにとっても利しかないわ。
カトリーナは引き受ける事にした。スローン先生は「ありがとう。この発見と君の協力を無駄にしないよう、私も尽力する」と言って握手を求めた。
カトリーナはそれにこたえ、手を握る。その周りで「プオプオ~♪」と、プレオは歌い踊っているようで上機嫌だった。
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