60.精霊召喚の儀式(1)
「皆、静粛に。これから精霊学最初の授業を始める」
入ってきたのは精霊学専攻の教師スローン先生だ。
整えられた口ひげを撫で、眼鏡を直しながら教壇に立つ。
典型的な紳士を体現したみたいな人だ。
ラトリエルは、カトリーナをジドッとした目で見つめるもスローン先生の登場で、仕方なさそうに前を向いた。
カトリーナは声を掛けようとするが、スローン先生が説明を始めていたので仕方なく前を向く。
―まだ本調子じゃないのかしら?無理はしないで欲しいけど……大丈夫だから来れたのよね。
異変があれば自分が気が付けばいいと思ったカトリーナは、そのままスローン先生の話に耳を傾ける。
スローン先生は教壇にある透明で大きな水晶玉に手を置きながら、精霊召喚の儀式について説明をする。
「今から一人ずつ精霊を呼び出してもらう。ほとんどの者が精霊を見るのも初めてだと思うが、すでに使役している精霊がおる者は挙手してくれたまえ」
スローン先生の言葉に、何人かが手を挙げる。
マルガレーテ、カグラ、フーの3人だ。
スローン先生はフム、と口ひげに手を当てながら「では、君達は契約の儀式を省略としよう。もしよければ、皆の前で精霊召喚を見せてくれないかね?」と聞いた。
マルガレーテは澄ました顔で黙っている。聞かなくても「お断り」なのがわかる。フーはカグラに二三言話すと笑顔になって「オレ、召喚スルます」と言って教壇の前に立った。
「そうかね、嬉しいよ。えー、君は……」
「フーです!」
「そうか、東国の子だね。ではフー殿、よろしく頼む」
「オマカセアレ」
フーは慣れた手つきで人型をした紙を袖から取り出し、自分の指を齧ると、血を紙に擦りつける。「~~~~~」と母国語だろうか、聞き慣れない言語で何かを唱えるとボンッと煙が出て、フーや教室の前方が見えなくなる。
煙が晴れフーの精霊が姿を見せる。
その姿を見た瞬間、歓声やら悲鳴やらで教室は騒然となった。
一番前の席に座っていたファンソンは声にならない悲鳴を上げて、気絶してしまった。
「紹介スル。オレノトモダチ。名ハ、時雨」
フーが呼び出したのは、天井の高い教室に頭が届きそうなほどに大きなドラゴンだった。伝説上の生き物を直に見て、カトリーナは立ちあがって歓声を上げる。
隣ではデイジーとラトリエルが少し怯えていて、エイミーは興味深そうに、落ち着いた様子でドラゴンを凝視していた。
―ドラゴンって召喚できるのね!!私もあんな強そうな精霊が良いわ。でも、あのドラゴンは絵本とかで書かれているドラゴンとはちょっと違うみたいね。翼が無いわ。
カトリーナの疑問には、スローン先生が偶然にも答える。
「これは……青龍じゃないか!東に生息すると云われている伝説級の生き物。精霊とは少々異なるが、まさか人間に心を許すとは……!」
目を丸くして捲し立てるスローン先生は、眼鏡に手をやってまじまじと青龍を見つめる。
「すまない、ちょっと、ちょっとだけ触らせてくれ。欲を言えば鱗を100枚くらい剥がしても……」
ドラゴンの鱗は錬金術などで使う素材の中でも、かなり貴重な物だ。
感動で我を失ったスローン先生がじりじりと近づくと、青龍こと時雨は耳を劈くような唸り声をあげた。
気位の高い青龍の怒りに触れたようだ。
唸り声の振動で教室の窓が割れ、室内は騒然となる。
「ハッ!不味い!!フー殿、青龍の落ちつかせられないか!!」
スローン先生が正気に戻って、フーに懇願する。
フーが母国語で宥めたおかげで、時雨は暴れる事はしなかったが、怒気を孕んだ目で周囲を見回していた。
カトリーナは青龍の怒気に身の危険を感じて、身体が震えた。
それと同時に、その圧倒的な存在に魅了されもした。
―私も、あんな強そうな精霊を呼べるかしら……!
カトリーナは強いドラゴンを召喚してアザミを踏みつぶし、伯爵邸を破壊してまわる妄想をして、ふふっと笑う。
自分でも陰湿で嫌な妄想だと思うが、これが現実になったらどんなに愉快だろうと思った。
「トレンス嬢、楽しそうだね。怖くないの?」
隣からラトリエルが言う。ラトリエルは青龍の怒気に、心底怖がっているようだった。カトリーナは先程までの気まずさを忘れて、目を輝かせ、嬉々として言う。
「だって、凄いじゃない。憧れるわ。あんなに強くて綺麗なドラゴンなんて!」
周囲が騒然としているので、お互いの声がよく聞こえない。自然と声が大きくなる。けれども、ラトリエルは違った。
「そ、そうか……あのくらいは、僕だって……」
「え?聞こえなかったわ、何か言った?」
「いや、何でもないよ」
カトリーナ達が話していると、時雨は急に煙を上げて姿を消した。
フーが先程の紙を破り、召喚を止めたのだ。
時雨が消えると、教室は安堵に包まれ、誰かが大きなため息をついた。
窓は全て割れ、風が室内に吹き込む。
「ゴメン。窓、壊レタ」
フーが申し訳なさそうに謝ると、カグラが慌てたように駆け寄って、何か懸命に話しかけている。フーの中に罪悪感が生まれない様にしているのだろうか。
スローン先生も「私が不用意に近づいたのが悪いのだ。君は悪くない」と言って先生はフー達を席に返すと、忙しなく両手を振り翳して窓の欠片を魔法で集めると、一瞬で窓を修復した。
教室は何事も無かったかのように元に戻る。
ごほん、と咳払いをしてスローン先生は授業に戻る。
「取り乱して済まなかった。えー、先程の私の行動は愚かな過ちだ。本来、龍は気位が高く、人間に心を許すことは無い。今後、他に伝説級の生物に会う事が合ったら、彼らに敬意と畏怖を忘れない事だ。決して、先程の私のような行動は取らない様に」
スローン先生は気を取り直して、精霊の儀式を始める。
「今フー殿が召喚したように、己の血を対価に召喚する方法もあるが、これから行うのは、呼び出した精霊に名前を授ける事で契約する方法だ」
スローン先生が手本で水晶に魔力を込めると、水晶は炎の様に赤く光り、突如サラマンダーが現れる。
「この精霊は火の精の一種サラマンダー。私が名を与えて契約を済ませている」
そう説明して直ぐに、スローン先生が何かを呟くと、サラマンダーはパッと消える。
「この水晶に魔力を込めると、その魔力の属性や魔力量、召喚者の波長にあう精霊が召喚される。さぁ、席の前列から順番に一人ずつ前に出てくれたまえ」
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