59.ラトリエルの復帰
デイジー達と当たり障りない話をしていると、暫く聞かなかった声がした。
「隣いい?」
カトリーナは少し間を置いて振り返ると、教科書やノートを抱えたラトリエルが立っている。制服の胸ポケットには、例の万年筆が刺さっていた。
前に見た時よりも顔色は良さそうだが、何だかやつれたみたいに見える。
病み上がりとは言っても、本当に大丈夫なのかとカトリーナは少し不安になった。
「どうぞ。具合はもういいの?」
「ああ、もう治ったよ」
「よかったわ。血を吐かれたって聞いたから、無事でよかった」
「心配かけたね。もう大丈夫だよ」
ラトリエルはそう言って席に着くと、身を乗り出してエステル姉妹にお礼を言う。
「デイジー嬢、エイミー嬢。この前はお見舞いに来てくれてありがとう、嬉しかったよ」
「はい、本当に良かったです。カトリーナ様が特に心配していらしたのですよ」
デイジーが自然とカトリーナを話に入れる。
不意を突かれたカトリーナは少し言葉に詰まるも「ええ、こうやって一緒に授業を受けられて嬉しいわ」と言った。
思っていたよりも普通にラトリエルと話せている自分に、カトリーナは心の中でホッとした。時間を置いた成果なのか平常心を保てている。
それでも、少し胸が痛むのは仕方がない事だと割り切ることにした。
―デイジーは完全に、私のラトリエルへの気持ちを察しているわね。やっぱり話した方が良かったかしら?ラトリエルにはクラリスっていう超絶美人の婚約者がいるって。
入学初日に出会った銀髪の人を思い出し、カトリーナはふとポケットに入っている例のハンカチの事が頭に浮かぶ。
あの日のハンカチは未だに返せていない。
上級生のクラスは知っているが、探して尋ねる余裕がなく、未だにカトリーナの手元に残っている。
―授業の後でラトリエルに聞いてみよう。すでに学内で会っているかもしれないけど、クラリスに会いに行く丁度良い口実だと思うし。
カトリーナは今日ラトリエルと対面した時から、あの時の悲しみが思いのほか早く薄れているのに、自分でも気が付いていた。
覆し様もない現実を目の当たりにすると、案外、人は冷静になれるのかもしれない。
―あんな「美の象徴」みたい婚約者から、何よりもラトリエル本人が愛している人から、奪おうなんて出来ないわ。完全に私の入る余地なんて無いもの。
カトリーナは、自分の中に沸き立ち始めた感情に蓋をする。
―それでも、未だにラトリエルの事は好きなまま……。自分でも面倒くさい女だと思うけど、想うだけなら別に良いわよね。
いつかこの想いも風化するだろう。
カトリーナは少し寂しく思いながらも、それが一番良いと思った。
―嫌われなければ、この先は純粋に友達として仲良く出来るもの。何も男女の関係が夫婦や恋人だけじゃないわ。
そう思う事で、何とか自分を言い聞かせる。
このままで良いのだと。
隣の方をちらりと見ると、少し不機嫌な顔をしてこちらを見ていたラトリエルと目が合う。
ずっと見られていたのかしらと、カトリーナは「どうかしたの?」と声を掛けようとした時に、教室の扉がガラリと開いた。
「皆、静粛に。これから精霊学の授業を始める」
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