58.学校生活~呪われた学び舎~
レーム学園に入学して二週間が経過した。
自室にて、カトリーナは制服に袖を通す。制服は生徒に平等に配られている支給品で、カトリーナのクローゼットには、スカートスタイルの制服が3着入っていた。
―万年筆を忘れないようにしないと。唯一のペンなんだから。
カトリーナはインクの補充をすると、制服の胸ポケットに挿す。
万年筆は、入学して最初の授業で配られたものだ。文房具をほとんど燃やされたカトリーナにとっては、唯一の一本。校内に購買はあるので、一年生も校内バイトが出来るようになる後期には買い足そうと思っている。
今日は精霊学の授業が、朝からある日だ。
精霊召喚の儀式をして、その精霊と契約を結ぶ特別授業。
新入生は今日までオリエンテーション的な授業が続いたので、本格的な授業は今日が初めてだった。
カトリーナはこの授業を楽しみにしていた。
この学校―聖地ミコランダには多くの精霊も住んでいると聞いていたが、カトリーナはまだ一度も見たことが無かった。
精霊を見る事の出来ない魔法士も存在するらしく、自分が見えなかったらどうしようという一抹の不安がありつつも、楽しみの方が大きい。
―どんな精霊が私の呼びかけに答えてくれるのかしら。強くて大きいのだと嬉しいけれど。
カトリーナは『はじめてのまほう』やエイミーがくれた『魔法生物図鑑』を思い出しながら、期待が膨らむ。
―早く教室に向かおう。待ちきれないわ。
教室にはすでに何人か居て、エステル姉妹がカトリーナに気が付くとデイジーが手を振った。カトリーナも振り返して隣の席に着いた。
エイミーも「おはようございます」と小声で挨拶した。
席に着いたカトリーナが二人に挨拶すると、デイジーは待ってましたとばかりに告げる。
「聞きましたか、カトリーナ様。ハスティー様が今日から授業に出られるそうですよ」
ラトリエルの名前を聞いて、カトリーナは少し動揺した。
あの日以来、ラトリエルには会っていない。何度かデイジー達に誘われたこともあったが、適当な理由を付けて断ってきたのだ。
「よかったですね」と言うデイジーに、カトリーナはなんとか微笑みを作る。
曖昧に頷くカトリーナに「どうかされました?」と不思議そうにデイジーが尋ねるが、ちょっと寝不足で、と誤魔化すしかできなかった。
医務室での事は誰にも話していない。
当時の激情が落ち着いたカトリーナとしては、そろそろ失恋したことを、友人に聞いて欲しい気持ちは確かにあった。
特にデイジーは、カトリーナのラトリエルに対する気持ちを何となく察しているらしく、深くは追及してこないが、恋愛話に興味津々なのは感じている。
―きっとデイジー達は親身になって聞いてくれるわ。でも、だからこそ危うくもあるのよね……。
ここが普通の魔法学校だったら、カトリーナは遠慮せずに自分の苦悩を聞いてもらうだろう。
けれども、呪われた地でもある「聖地」では、ちょっとの雑談も気を付けないといけなかった。
入学して二週間、カトリーナ達新入生は罪悪感を持たない様に暮らすことに苦労していた。これが意外に難しいのだ。
自分が罪悪感を持たないように心がけるのと同じくらいに、相手が「自分のせいで」罪悪感を抱く事が無いように、気を付けないといけないからだった。
例えば、自分が親切のつもりで相手に接しても、相手がその親切を卑屈に受け取ってしまうかもしれない。
それで相手が怒りや苛立ちを抱く場合は別に構わないが、問題は相手が「自分のせいで」罪悪感を持ってしまったら最悪だ。
何故なら自分のせいで相手が亡くなった時に、今度はその事に対する罪悪感が自分の中に生まれるという最悪の悪循環が出来上がるのだ。
「自分のせいで相手に気を遣わせてしまった」とか「相手に迷惑をかけてしまった。申し訳ない」とかが死に至る罪悪感に繋がる可能性があるらしい。
らしい、というのは、長年レーム学園を研究している先生方でも確信は出来ていないからだ。
そんなつもりじゃなかったのに、という発言や行動がレーム学園では命取りになる。だからといって、神経質になり過ぎると集団生活に支障をきたすから難しいのだ。
その結果、上級生を含む生徒たちは個別行動を好む者が多い。
敵も味方も作らずに黙々と勉学に励み、自分を磨く事に専念する方が、他者に心から無関心になる方が、リスクが少ないからだ。
カトリーナもエステル姉妹やラトリエルと出会わなければ、同じ行動を取っていただろう。けれども、カトリーナは初めてできた友達を避けるような事をしたくなかった。
―この2週間、デイジーもエイミーも必ず声を掛けてくれたわ。二人だって他人と関わるリスクは、オリエンテーションで嫌というほど説明を聞かされて、わかっているはずなのに。
デイジー達も、カトリーナと仲良くしたいと思ってくれている事実が、何よりも嬉しかった。自分の身の安全の為に二人と距離を置く事の方が、罪悪感で死んでしまいそうだ。
考えすぎかもしれないけど、とカトリーナは教科書と万年筆を机に並べながら思案する。
―私が失恋話を溢して、万が一にも二人が「自分が聞きたそうにしていたから、失恋したばかりのカトリーナに辛い話をさせてしまった」なんて見当違いな罪悪感を抱かれたら嫌だわ。私だったら絶対に思わないけど、二人が絶対にそうは思わないって確証は無いもの……。
自意識過剰だ、自分が勝手に話すんだから、そんな事思う訳ないだろう。
カトリーナの脳内で、そんな考えも浮かんではいる。
それでも、言わなきゃよかったと後悔するよりはマシだと、カトリーナは思い込むことにしたのだ。
―エステル姉妹は友達だけど、お互いを知る旧知の友ではないのだから仕方がないわ。二人がどんなに強いのか、そして弱いのか。私はまだ知らないもの。
仲良くなったとはいえ、出会ってまだ一か月も経っていないのだから無理もない。レーム学園で友達を大切にして生き残るには、なかなか苦労しそうだ。
―でも、この呪いはアザミへの復讐には役立ちそうね。あの女に罪悪感なんてあるのかは、自信ないけど。
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