55.閑話~夢の中のラトリエル(1)~
※今回と次回はラトリエル視点です。本日中に投稿します。
「先生もご存じでしょう?僕は行かないといけないんです」
ホルムクレン王城の魔法ゲートの前で、ラトリエルはコルファー先生に言った。
事情を知っているコルファー先生は最後まで止めたかったみたいだが、ラトリエルに進まない選択肢はなかった。
そもそも、ラトリエルには帰る場所なんてないのだから。
ラトリエルは魔法の才を持って生まれたが、魔力量は微々たるものだった。魔法の才自体が貴重なのだが、本来ならばレーム学園に入学することはできないほどの魔力しか持たなかったのだ。
それでも、ラトリエルはレーム学園に行かなければならなかった。
そのために、2年間も馬鹿にされ続けながら他者に魔力を分け与えられて、自身の魔力量を増やしてきたのだから。
その日々のおかげで、ラトリエルは今ここに立っている。
ラトリエルが覚悟を決めて魔法ゲートに近づくも「ハスティー卿」と心配そうな少女の声に、後ろ髪を引かれた。
少女―カトリーナ・トレンス嬢は、この一週間で仲良くなった伯爵令嬢だ。
独学で学んだ水魔法をすでに使いこなしていて、見るからに才能に満ち溢れた少女。
―そして、きっと、おそらく僕の事が好きな女の子。
ラトリエルもカトリーナに好意を抱いていた。きっかけは、彼女には絶対に言えない。
―優しかった頃の初恋の子に似ているから好きになったなんて、絶対に言えない。
ラトリエルは、ちらりとカトリーナの方を見る。
自分があげた緋色のベストを着て少年のような恰好をしているカトリーナが、今日は髪を上げてまとめている。大人しそうな印象でありながら、意外と活発な一面を持つ彼女に、とてもよく似合っていた。
―似合ってるって言いそびれてしまった。いや、後で言うんだ。絶対に!
好意を持ったきっかけは最悪だと自分でも思うが、この一週間でラトリエルは、カトリーナの事を本当に好きになっていた。
どこかぎこちなく微笑む顔も、誰もが少しは恐怖しているレーム学園での生活を心から楽しみにしている気丈さも、どれも初恋の子とはかけ離れている。
カトリーナが自分の可愛さを全く自覚していないのが、ラトリエルには納得がいかなかった。
あのブルーグレイのリボンは、可愛らしくも知的な顔立ちの彼女に、とても良く似合っていた。
他の髪留めも似合っているけれど。
そして何より、自分を傷つけた相手に毅然と対抗する姿に見惚れた。
ラトリエルは、カトリーナがアザミに冷や水を浴びせた瞬間に立ち会えなかったことが、少し悔しかった。きっと、格好良かったに違いない。
荷物を燃やされて泣き腫らした顔を見た時は、守ってあげたくなったし、カトリーナを泣かせたアザミをぶん殴ってやりたかった。
そんなカトリーナを無意識に目で追う自分に気が付いた時、そして、カトリーナが自分の事を目で追いかけているのに気が付いた時、ラトリエルは両親が死んで以来、初めて幸せを感じた。
―でも、カトリーナだって伯爵家の娘なら、知らないだけで親が決めた婚約者がいてもおかしくない。カトリーナは、僕を選んでくれるだろうか?
そんな考えが過るも、今は恋愛で悩んでもしょうがない。
ラトリエルは、カトリーナから目を逸らして魔法ゲートを通る。
ゲートを通る最初は何ともなかったが、だんだん全身が裂けるような痛みに絶叫する。
―あんなに分けてもらったのに、まだ足りないのか?
ラトリエルの脳裏を「絶望」という言葉が支配する。
―僕はこんな所で死ぬのか?あいつらの思惑通りに!?
ラトリエルは2年前に自分をここに送り込んだ叔父一家の事が浮かび、悔しくて涙が零れる。
―あいつらの思い通りになんてさせない。僕が、僕こそが正統なハスティー侯爵だ!!
無我夢中で魔法ゲートを通り抜けると、ラトリエルはその場に倒れこむ。
消えずに済んだが、身体が動かない。
喉まで競り上がってきて吐き出したのは、赤黒い血だった。
―こんな所で終わりたくない。僕はまだ、何も果たしちゃいないのに……。僕はあいつらに、生きて復讐するんだ……!
意識が朦朧として始めたかと思うと、直ぐにラトリエルは気を失った。
気を失う直前に、はにかむ様に微笑むバターブロントの髪の少女が脳裏をよぎった。
―クラリス……。
その少女は、まだ両親が生きていて幸せだった頃―ラトリエルの中で「幸せだった過去の象徴」として思い出に刻まれた元婚約者であり、初恋の相手クラリスだった。
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気を失ったラトリエルは、深い悪夢に苛まれる。
何年も開かない部屋に監禁され、醜く穢れていく自分を、二度と顔も見たくない女がこちらを見下ろしていた。
「可哀そう。アンタが居なくなっても、誰も悲しんでいないわ。むしろ喜ぶ人しかいないのよ」
目の前の―決して可愛いとは言えない小太りの少女が、ニタニタと笑いながら言う。笑い皺で見えなくなった糸のような目が、性格の悪さをありありと物語っていた。
「さようなら、小侯爵様。さっさと飢え死んで、侯爵の座をパパに譲ってね」
小太りはそう言って部屋の扉を閉めた。
どんなに扉を叩き、声を上げても、その扉の鍵が開かれることはなかった。
―これは夢だ。思い出したくもない昔の悪夢だ。よりによって白豚……イザベラの顔なんて見たくなかった。
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