54.すれ違いの始まり(2)
「クラリス?」
うっすらと目を開けたラトリエルは、カトリーナの方を見てそう呼んだ。
カトリーナは首を傾げる。クラリスって誰?
そう聞きたかったが、ラトリエルはまた直ぐに目を閉じて眠り始めた。
夢を見ているのか、もにょもにょと口が動いている。
唯一「会いたかった」「好きだった」という言葉だけが聞き取れてしまった。
どれもカトリーナが聞きたくなかった言葉だ。
その言葉が、自分に向けられたものだったらどんなに幸せな事だろう。
カトリーナは惨めになって医務室から出て行った。
乱れた感情のまま思い切り走る。
ぐちゃぐちゃになった感情を振り切るみたいに。
けれども、言い様の無い辛い気持ちは、カトリーナにしつこく付きまとった。
―わかっていた事じゃないカトリーナ。何をそんなに傷ついているの?
冷静な思考が脳内で語り掛ける。
―そうよ。わかっていたわ。けど、けど……!
理性と感情が混ざり合うのを感じる。カトリーナにはそれが煩わしく、恐ろしく感じた。自分が自分じゃないみたいだ。この激情を一刻も早く消し去ってしまいたかった。
―ラトリエルには好きな人がいた。夢に見るくらいに会いたい人が。
たったそれだけの事のはずなのに。
ラトリエルは、最近仲良くなった友達でしかないのに。
カトリーナは今すぐラトリエルの元に走って、思い切り罵って傷つけたい感情に駆られた。それと同時にラトリエルは何も悪くない事も、自分が怒る筋合いが無い事も理解していた。
カトリーナが告白もせず、勝手に想いを寄せていただけなのだから。
わかっているのに、身勝手な怒りや悲しみが溢れんばかりだった。
でも、それなら―
―それなら、どうしてここに来たの?大して魔力も無いくせに!どうして、危険を冒してまでレーム学園に拘ったの?どうして……
私の前に現れたの?
どうして、私に優しくしたの?
―そうじゃなかったら、私は伯爵家を出た時のまま、ただ純粋に魔法を学ぶ事だけを楽しめたのに。
このままずっと走り続けたかったが、足が棒の様に動かしにくくなっていき、カトリーナはとうとう走るのを止めた。細枝みたいに弱弱しい足は、カトリーナの意思とは裏腹に、限界を迎えたのだ。
いつの間にか、校舎の外に出ており中庭のような場所に出ていた。
大きな木に身体を預けて、涙が止まるのを待つも、その気配は一向に来ない。
―どうして私は、ラトリエルの事を好きになってしまったんだろう。
最初は顔が好みなだけだった。
その後、自分に優しくしてリボンを結ってくれた。
傷ついた時に励ましてくれた。ベストまで渡してくれて……。
敵に容赦のないところが気に入った。
自分と似た暗い感情の一面を、この綺麗な少年も持っているのだと知って、嬉しかった。
出会って一週間ほどだが、理由はそれだけで充分だった。
―今度こそ本当に終わったわ。早く、本来の自分に戻るのよ。私は魔法を学ぶために、ここに来たんだから。アザミへの復讐もあるし、これからやる事は沢山あるのよ。
気持ちを切り替えようとしても、涙は止まらなかった。
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