53.すれ違いの始まり(1)
「さて、堅苦しい話はお終いにしてこの場をお開きとします」
ノレッジ校長が両手を叩いて解散を宣言すると、上級生たちは魔法や銀の鍵で講堂から消えた。
カトリーナは銀の鍵を見つめる。
―お開きと言われても、どこに飛べばいいのかしら?どこでもいいなら、医務室に行きたいのだけれど。
残された新入生達も、自分たちがどこに転移すればいいのかが分からず、隣の人と話したり、適当に何かを呟いたりして、ざわざわとし始めた。
そんな様子を見て、ノレッジ校長は壇上から優しく声を掛ける。
「皆さんは「自室に向かいたい」と念じれば良いですよ。想像してください。その部屋は一人部屋に丁度良い広さ。木製のクローゼットには上級生が来ていたのと同じ制服が3着掛かっています―」
ノレッジ校長の言葉に耳を傾けながら、銀の鍵を握りしめる。
一人、また一人と転移に成功して、上級生達と同じように消えて行った。
―校長先生が言うなら、一度自室に行った方が良さそうね。ラトリエルの事も気になるけれど……。
考えを巡らせていると、カトリーナは自分の身体が軽くなり浮き上がる感覚を覚えた。その事に気が付いた瞬間、カトリーナの身体は講堂から消えた。
---------------------------------------
カトリーナの転移は成功したが、半分は失敗した。
転移した先が、自室ではなかったのだ。
目に優しいクリーム色の壁紙の部屋で、薬品独特の匂いが鼻腔を刺激する。
―ここは、医務室?自室に行こうと思っていたんだけど……。
医務室が気になっていた影響なのか、入学式中ずっと案じていたラトリエルが運び込まれた部屋だ。呆然とするカトリーナは、自分がなにかの上に座り込んでいるのに違和感を覚えて下を向く。
「うゎぁ……!」
大声を出そうとして、その声を無理矢理押し込める。
カトリーナは血の気の無いラトリエルを押し潰すように、上に座っていたのだ。
慌てて上から飛び退き、ラトリエルの顔色を窺う。
―血を吐いて倒れたって聞いたわ。そんな重病人に跨るなんて……!鍵の着地点はどうなっているの!?
ラトリエルは少し苦しそうに身じろぎしたが、直ぐに規則正しい寝息を立てていた。カトリーナが押し潰したせいで、容態が急変した様子は無い。
―よかった。生きてる……。本当によかった。
カトリーナは心の底からホッとした。誰かの事をこんなに心配したのは初めてだった。
ラトリエルの様子は、顔がいつもよりも青白い気はしたが、このまま死んでしまう事は無いだろうと、素人目でカトリーナは思った。
ラトリエルの安否を確認できたカトリーナだが、要件が終わっても、今すぐには、ここを離れたくはなかった。病人の部屋に長居するべきではないと分かっていても、離れがたかったのだ。
―とりあえず、目を覚ますまでは居ようかしら。流石にもう他に行事は無いよね?
カトリーナは端に置いてあった丸椅子に腰かける。
入学式の長丁場に比べれば、全く苦じゃない。
----------------------------------------
「ううん……」
「……ラトリエル!?」
ラトリエルは思っていたより早く目を開けた。
寝起きのせいか、青い瞳が潤んでいる。
カトリーナは気持ちが競って名前で呼んでしまったが、自分では気が付かなかった。
ラトリエルは青い瞳にカトリーナを移すと、目を開けて直ぐのぼんやりとした顔で「クラリス?」と幼子みたいな声で言った。
―クラリスって誰?
お読み頂きありがとうございます。
次回も読んで貰えると嬉しいです。
よろしければ評価★★★★★や、ブックマークを
お願いいたします。




