52.銀の鍵
長い話にも終わりが見え始めて、入学式は滞りなく終わりそうだった。
この頃には眠っていた者も目を覚ましていて、大事な式典で眠ってしまった事を少し気まずそうにしている。その気まずさが罪悪感にならなければいいけど、とカトリーナは思った。
「最後に、本校で生き残るために必要な心構えをお伝えします」
ノレッジ校長の何回目かの「最後に」がまた始まった。
「新入生の皆さんは説明会で、上級生の皆さんはすでに知り尽くしていると思いますが、命に関わる事ですので、しつこくとも何度でも言いますね」
校長は咳ばらいをして続ける。
「本校は人間が滞在するには、清らか過ぎる土地に建立されました。己の中の罪悪感を刺激し、死に至らしめる恐ろしい土地に。ここは現存する唯一の聖地でありながら「呪われた地」とも長年呼ばれています。―そんな過酷な環境下で生き残るには、常に己の良心に従って行動する事。後悔しない選択をし続ける事です」
「己の良心に従う」という言葉には、カトリーナは聞き覚えがあった。馬車でデイジーが呟いていたのだ。
―卒業生でもあるご両親の忠告だったのね。あの時は何のことか分からなかったし、今の今まで忘れていたくらいだけど。レーム学園での教えみたいなものかしら。
その後もノレッジ校長は「起きてしまった事を仕方がないと割り切る強い心も必要だ」とか説教臭い話をしばらく続けた。
それは人生で最も退屈な時間だった。海の上よりも暇だった。
「えー、以上を持ちまして、今ここにいる新入生11名を正式に我が校の生徒と認めます」
ノレッジ校長がそう言った時には、カトリーナはぐったりとしていた。
―始まってから何時間くらい経ったのかしら?このまま一生話すつもりだと言われても、もう驚かないわ。勘弁してほしいけど。
カトリーナがうんざりしつつも姿勢を整えていると、ノレッジ校長は派手なローブから何かを取り出してそれらを宙に放り投げた。
それらはひとつも取りこぼされる事無く、新入生それぞれの手に収まる。
カトリーナの元にも届いたそれは、何の変哲もない小さな銀の鍵だった。
「その鍵は校内を行き来するための大切な鍵です。ここに来るまでに痛感したかと思いますが、本校は歩いて移動するのは一苦労です」
ノレッジ校長の言葉に、新入生―特に令嬢たちは大きく頷く。ここまで歩いてきた所業を、「一苦労」で片づけて欲しくない。
「この鍵を持って念じれば、校内に限りどこにも転移できます。便利でしょう?私が開発しました」
ノレッジ校長が自慢気に言う。カトリーナは校長に対する純粋な敬意と「最初から配ってくれれば良かったのに」という不満を同時に抱いた。
―これがあったら、今こんなに疲れていないわ。要らない苦労じゃない!
「ただ、一つ注意点があります」
人差し指を立て、ノレッジ先生が自慢げな表情を引き締めて言う。
「この鍵を校外に持ち出すことは、固く禁じています。一度でもそれを犯した生徒は、問答無用で退学です」
「退学」という言葉に、カトリーナは背筋が凍る思いがした。
この小さな鍵は大層な代物らしい。
「この鍵は持ち主以外が使っても、使用者を本校に転移させます。もし、落としたり盗まれたりしたら、部外者の侵入を許すことになるのです。それに―」
ノレッジ校長は一瞬目を伏せるも、直ぐに生徒の方を見て声を絞り出す。
「上級生の皆さんは記憶に新しいでしょうが―3年前、想定外の事故が起こりました。ある生徒の魔力の乏しいご兄弟が誤って銀の鍵で本校を訪れて―講堂の炎に焼かれて命を落としたのです。その生徒は罪悪感に耐えかね、その年最初の犠牲者となりました」
校長の言葉に上級生の何人かはすすり泣く。彼らは亡くなった生徒の事を知っているのだろうか。
「鍵の扱いに厳しい理由は、十分理解いただけたかと思います。何物も正しく使えば、ただの便利な道具です。新入生の皆さんはもちろんの事、上級生の皆さんもこの事を忘れずに、正しい管理を心がけてください。うっかりでは済まされないですからね」
カトリーナは自分の手の中にある銀の鍵が、ずっしりと重くなったように感じた。
―気軽に渡せないはずだわ。今の話を聞かなかったら、厳しい規則なだけと軽んじる人は少なくないでしょうから。
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