51.上の空な入学式
燃え盛る炎は、パトリックが言っていた通りの見せかけで、全く熱くなかった。
新入生達は一度入ってしまえば、自分たちには無害だとわかって、そのまま炎の中に飛び込む。
―炎の中ってなかなか幻想的ね。緑の炎が揺らめいて綺麗だわ。
炎の先は、入学式の会場―講堂だ。
馬が走り回れそうな広さの中に、上級生や教師達は50人も居なかった。
上級生達は皆、姿勢よく席に座っており、なによりも静かでほとんど動かない。
カトリーナ達が炎から出てきた瞬間は、全員が振り向いて新入生を見たが、すぐに前を向いて姿勢を正していた。
上級生達とは対極でカトリーナ達新入生は気持ちが落ち着かず、キョロキョロと辺りを見回していた。教会を思い出させる講堂は、緊張と重苦しい空気が支配していた。
―ここは入学式なんかじゃなくて、誰かの弔うための式場なのかしら?私達は間違えた所に来てしまったのかも?
カトリーナがそう感じる程に、歓迎とは程遠い空気感だった。けれども、上級生の中に先程まで苦労を共にしたパトリックを見つけて、カトリーナは場所を間違えた可能性を頭の中から消す。
―それにしても、厳かというよりも暗い感じがするわ。広さの割りに少ないけど、これだけの人が集まっているのに、沈黙で押し潰されそう。
祝いの式にしては険しい表情の上級生達を見て、カトリーナはレーム学園で死に至る者が後を絶たないことを肌で実感する。
事実、カトリーナは知らなかったがこの一週間で二人がいなくなったばかりだった。
新入生が席に着くと、壇上に派手なローブを羽織った金髪の男が姿を現す。
パトリックが出てきた時と同じく、魔法でその場に現れたのだ。
「新入生の皆さん。遠路はるばる、よく来てくれました。私は校長のイリス・ノレッジです」
その後は新入生への労い、レーム学園の歴史、学校を創設したフォルカー公爵家やその始祖であるホルムクレンの魔女を褒め称える話が延々と続いた。
―先輩は真面目に聞いていた方が良いって言っていたけれど、無理そうだわ……。
ここに来るまでの疲労で睡魔が襲い掛かってくる。現に、隣に座っているエイミーは眠りこけていたし、更に隣に座るデイジーはそれに気が付いて何度も妹を突いたが、途中で諦めていた。他の生徒も同じようなものだった。
カトリーナは眠気に抗いながらも、ノレッジ校長の話には全く集中できなかった。
ラトリエルの事を考えていた。歩いている間は付いて行くのに必死で考える余裕がなかったが、座って落ちついた今、頭の中が思考で一杯になる。
―どうしてラトリエルはレーム学園に拘ったのかしら。コルファー先生が話した通り、魔法学校は他にもあるのに。ラトリエルには優しいお母様も、帰りを待つ婚約者もいるはずなのに。どうして、誰も止めなかったんだろう。
ラトリエルの魔力量が、レーム学園に入学するのに足りないのは、もう明らかだった。
家族がラトリエルの事を大切に思っているならば、是が非でも入学を止めたはずだ。
エステル姉妹とは違って、ラトリエルは魔法ゲートを通っただけで死ぬ可能性の方が高かったのだから。
カトリーナは伯爵邸で入学案内の内容は一度目を通している。学校側は命の危険があることも、その責任は一切問わない事も、はっきりと書いてあった。そして、魔力量の少ない者も危険であることも。
そんな入学案内兼契約書に、愛する家族がサインするだろうか?
―もしかして、誰かに無理矢理送られてきたのかしら?でも、そんな事、話してはくれなかったし、辛そうにも見えなかった。
カトリーナは馬車で初めて会った時や、リボンを結ってくれた時のラトリエルの右手がぎこちなかった事が何故か頭をよぎった。カトリーナは無意識のうちに、左手で右手を包むように握る。
―何かがおかしいわ。それに、私はラトリエルの事を何も知らないのね。
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