50.緑の炎
息を切らして、ようやく講堂らしき扉の前に辿り着く。
新入生の半分は入学式前から、すでにくたびれていた。そんな甘ったれの貴族令嬢達を見て、テオは「フン」と鼻で嗤った。
カトリーナはテオの態度に腹が立ったが、事実、息を整えるのに精いっぱいな自分に対して、少しも疲れて様子を見せないテオや、同じ女性でありながら、あの距離を平気そうに歩いてきたファンソンやマルガレーテを見ると、馬鹿にされても仕方がない気がしてくる。
誰もが黙ってパトリックが扉を開くのを待っていると、ここまで皆の足しか引っ張っていないアザミが、パトリックにつかみ掛かった。
この長い道のりを急ぎ足で進む羽目になったのは、ラトリエルの事もおそらく関係しているが、アザミが魔法ゲートを通るのをかなりの時間渋ったのが原因だった。
―あれだけ疲れ切っていたのに、人の邪魔をする余裕はあるのね。本当にムカつく。
パトリックはアザミの奇行に少し目を見張るも、落ちついた仕草でアザミの方に手を翳す。
防御魔法を使ったのか、アザミは見えない何かに遮られて、パトリックに近づく事すら出来なかった。
アザミはどこにそんな元気があるのか「そんな魔法を使って卑怯よ!」と、よくわからない言いがかりをつけて、パトリックに怒鳴る。
「アンタ、この私を引きずりまわしてタダじゃ済まないわよ!!」
ここに着く前の途中で歩きを止めたアザミと、アザミに巻き込まれたジゼルは、パトリックが「引き寄せの魔法」を使ってここまで引きずられてきたのだ。
物の様に無理矢理身体を引っ張られた二人は、所々に身体をぶつけて、歩いた方がマシな目に遭わされていたので、「楽できて良いわね」とは全く思わない。
「謝ったじゃないか。他に何を望む?」
パトリックは純粋な疑問で尋ねる。
「確かに女性に対してして良い振る舞いではなかったかもしれないが、俺が君達にかけられる魔法は限られている。あれでも、気を配って被害は最小限に抑えたんだ。置いていく訳にはいかないのだから、仕方がないだろう」
二人はパトリックに回復魔法をかけて貰っていたので、今はもう痛みはないはずだ。
その時に「手荒な真似をして済まない」とパトリックは謝っていたが、アザミがそれを聞き入れるはずがなかった。
アザミはパトリックの必要以上に悪びれる様子の無さに尚も喚くが、パトリックが「何度も言っているが、本来なら式は始まっている予定なんだ。これ以上、時間を取らせないでくれ」と有無を言わせない口調で言うと押し黙った。
マルガレーテがあの扇を閉じて、アザミの方を振り返ったからかもしれないが、これ以上アザミに時間を浪費させなければ、理由などどうでも良い。
パトリックが両手を合わせて扉に触れると、重厚な扉が勢いよく開かれた。
目の前の光景にカトリーナ達は一瞬目を疑った。講堂の中は燃え滾る炎に包まれていたからだ。緑の炎が禍々しい。
「驚くのも無理はない。僕も入学した時は怖かったよ」
パトリックが炎に手を突っ込みながら言う。その様子にファンソンは両手で目を覆い、小さく悲鳴を上げた。
「この炎は偽物だ。近くにいるのに全然熱くないだろう?学校が平和じゃなかった頃の名残なんだ。この炎も君たちが通ってきた魔法ゲートと似たようなもので、ゲートよりも少ない魔力で通ることが出来る」
―確かにこんなに近いのに、全く熱を感じないわ。それにしても、レーム学園は徹底的に魔力を持たない者を拒むのね。
一定の魔力量がある者。その条件だけでも、ここに辿り着く人間は限られる。多くの人がレーム学園に足を踏み入れることすら出来なかった理由を、カトリーナや他の新入生達は悟った。
パトリックは炎に中に入りながら説明する。
「この炎の先は講堂だ。一番前に新入生が座る場所があるから、各々自由に座ってくれ。案内はここまでだ。俺は自分の学年の席に戻る」
そう言ってパトリックは炎の中に消えた。
新入生たちは戸惑いながらも、炎の中に入る。
王城の魔法ゲートを無事に通って来られた者にとって、それは容易いことだった。
今回は50話目と切りが良いので、勝手ですがお礼を書かせて下さい。
いつもお読み頂きありがとうございます。
初めて投稿した作品で、誰の目にも止まらないと思っていたら、何人かの目に止まってくれたようで、凄く嬉しかったです。
ブックマークや評価もありがとうございます。
とても励みになっております。
完結を目指しますので、最後までお付き合い下さると幸いです。
明日は0時頃に投稿します。次回も読んで貰えると嬉しいです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。




