48. 魔法が使える前提の校舎(1)
「ハスティー様は血を吐かれて、レスター様に運ばれました」
デイジーの説明に、カトリーナは耳を疑った。あの何の変哲もなかった魔法ゲートが、そんな危険なものだとは思わなかった。最悪の場合以外に、血を吐く程の身体への負荷が掛かるなんて聞いていない。
顔を青くするカトリーナに、デイジーは「きっと大丈夫ですよ。レーム学園は教会や診療所にも劣らない設備が揃っていると聞いていますから」と気遣うように話す。
「レスター様は少し前に戻ってきました。一緒に医務室に行った上級生に戻るように言われたそうです。ただ、その上級生が私達を入学式の会場に連れて行く手筈だったみたいで、これからどうしたらいいか……」
そう言ってデイジーは、少し離れた所にいるレスターの方をちらりと見た。
カトリーナも視線を追うように目を向ける。
レスターは、ミルクティー色の長い髪を後ろに束ねているアメジストの瞳をした青年だ。彼は家名を名乗らずに、ただのレスターとしか名乗っていないが、平民の子どもですらレスターがどこかの高位貴族であることを察している。
やわらかな長い髪は一見女性的だが、高い背と大人に負けないほどに鍛えられた体格が、彼を若い騎士にも、教養高い公子にも見せた。
カトリーナは、レスターにラトリエルの様子を聞こうと歩み寄る。何かできるわけではないが、せめて状態は知りたかった。
―ここの医務室で治療できる範囲なのかしら。無理でもラトリエルを移動させることはできないだろうし……。また魔法ゲートを通ったら、今度こそ消えてしまうかもしれないわ。
カトリーナが神妙な顔をして近づいているのを、レスターの方も気が付いたのかこちらの方を見た。「どうかしたのか?」と言いたげだが、決して迷惑そうという訳でもなかった。
が、カトリーナがレスターに話しかける事は出来なかった。
何の前触れもなく突然、見知らぬ青年がカトリーナの目の前に現れたからだ。
「うわぁっ」
急に現れた青年の存在に驚き、淑女らしからぬ悲鳴をあげたカトリーナ。
けれども、その悲鳴は近くにいたファンソン―短いおさげの少女だ、の「キャー」という甲高い悲鳴でかき消される。
突然現れた青年は悲鳴―おそらくファンソンの悲鳴に驚き、「なんだ!?なんだ!?」と辺りを見回した。
そんな青年を、驚きすぎて涙目になったファンソンが恨めしそうに見つめるが、彼女はへなへなと座り込んでしまった。何もない空間から急に人が現れたのだから無理もない。魔法学校らしいエピソードではあるけれど。
「あ、あぅ……」
「大丈夫?」
カトリーナは座り込んだファンソンに声を掛け、手を差し伸べる。
ファンソンはカトリーナに少し怯えながらも「は、はい。大丈夫です」と言ってこわごわと手を取り、ふらふらと立ちあがった。
―震えているわね……。これはあの人のせいと言うよりは、私に怯えているみたいだわ。
ファンソンは、「例の件」で未だにカトリーナを怖がっているようだ。
よくよく思い返してみれば、ファンソンは説明会の時に「レーム学園に行ったら死ぬのか」というような質問をしていたから、かなりの怖がりなのかもしれない。
―そんな子が入学の意思を変えないなんて、ファンソンにも事情があるのね。
カトリーナは、前にメディアン先生に聞いた追放目的でここに送られた子ども達の事を思い出す。
平民の魔法の才を持つ者は、貴族間のよりも特別視されていると、エイミーに貰った本に書いてあった。特別崇められたり、異端だと虐げられたりと扱いは様々だが、周囲から遠巻きにされる傾向にあるという。
カトリーナはファンソンからそっと離れる。怖がられる原因を作ったのは間違いなく自分にあるからだ。
「あの……!」
ファンソンが高い声で呼び止める。
「ありがとう、ございます」
カトリーナは「どういたしまして」と何でもない風に答えた。
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