46. ようやくレーム学園へ(4)
カトリーナがラトリエルの安否を気に掛ける中、アザミの番が来た。
「本当に大丈夫なんでしょうね!?」
魔法ゲートの前に来たものの、アザミはいつまでも進もうとはしない。グチグチと管を巻くばかりで、時間ばかりが過ぎていく。
―早くラトリエルの無事を確認したいのに。このノロマ、ほんとに邪魔しかしないわね。
苛立っているのは他の生徒も同じだった。
カトリーナの他に残っているのは、テオとマルガレーテだけで、特にテオは苛立ちを隠しもせずに「さっさとしろよ、ブタの方が俊敏に動くわ」と文句を言う始末だ。
アザミは本気で怯えているらしく、とうとうぐずり始めた。
「うぅ……だって、もし、もし死んじゃったらぁ……」
泣いて蹲っているのがアザミじゃなかったら、カトリーナは同情していたかもしれない。
けれども、カトリーナはアザミの事をすべての生き物の中で、唯一死んでほしいと思っているくらい憎んでいるので、同情心の欠片も感じなかった。
泣き出したアザミにコルファー先生は、優しく声を掛ける。
「辞退しても構いませんよ。魔法はここじゃなくても学べますから」
「それは嫌!!」
「では、進むんですね?」
「それも嫌!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
聞き分けの無い幼子の様に、地団太を踏み始めたアザミにコルファー先生は珍しく困っていた。
魔法ゲートを通る直前で怖がる生徒は毎年居そうだが、ここまでの生徒は珍しいのかもしれない。
「はぁ、仕方がありません。次の方から先に進んでもらいましょう」
コルファー先生が名前を呼ぶ前に、カトリーナの横をマルガレーテが優雅に通り過ぎる。 アザミの前に立ったマルガレーテは広げていた扇を閉じ、その扇でアザミの横っ面を引っ叩いた。
叩かれたアザミも、テオも、コルファー先生までもが驚いて目を見開いた。もちろん、カトリーナもマルガレーテを凝視する。
そんな周囲の事など構わず、マルガレーテはアザミの髪を乱暴に掴んだ。
思い切り髪を掴まれたアザミは痛そうにくぐもった声を上げるが、マルガレーテに「今すぐ耳障りな口を閉じなさい」と冷徹に言われて、声を引きつらせ呻きながらも押し黙った。
「さっきからお前は目に余る。醜く太った図体で不快な声をあげ、ぐずぐずした挙げ句、この私を待たせている」
先程とは比べ物にならない程に、マルガレーテは苛立ちを露にしていた。
そんな公女様の剣幕に、アザミは震えながら「す、ずみまぜん」と鼻声で言ったが、それが更にマルガレーテの怒りを買ったのが、この状況を傍観しているカトリーナには察せられた。
「これ以上、私の視界に入らないで頂戴。大人しく魔法ゲートを通るか、辞めるのか、さっさと決めなさい」
マルガレーテはそう言い捨てると、アザミから手を離した。アザミはマルガレーテに怯え、泣きながら転がるように魔法ゲートへと消えていった。
マルガレーテは、アザミが居なくなると扇をハンカチで拭って、そのハンカチをその場に捨てた。
そして、コルファー先生の方を向くと「先生。もう通っていいかしら?私、待ちくたびれましたの」と言った。
「え、ええ、どうぞ。丁度、貴女の番ですので。しかし、ベルトリーノ嬢。暴力はいけません。レーム学園では、貴女も他の子どもと同じ一生徒です。その事を念頭に置いてください」
コルファー先生が戸惑いながらも注意する。
マルガレーテは先ほどの冷徹さを消して上品に微笑むと、返事をせずに魔法ゲートをすり抜けて行った。
一部始終を見ていたカトリーナは、マルガレーテに憧れに近い感情を抱いたが、今のが公爵令嬢である彼女にしか出来ない事なのもわかっていた。
―やっぱり、生まれで人の地位って決まっているのね。あのアザミすらも身分が上ってだけで、コルファー卿やマルガレーテ嬢には媚びへつらうもの。
自分が由緒正しい高貴な家に生まれていたら、物を燃やされることも無かったのかしら。
カトリーナは、マルガレーテが通り抜けた魔法ゲートを見つめながら、そんな事を考えていた。
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