44. ようやくレーム学園へ(2)
カトリーナは、しばらく読書に没頭した。
ようやく本を閉じた頃には、朝日が窓から差し込んでいた。本にあたる陽光で、カトリーナはその事に気が付く。
―いつの間にか夜が明けてる。着替えなくちゃ。
カトリーナはまた、旅行鞄を開けて洋服を決める。唯一残ったワンピースか借りたシャツかで迷ったが、結局後者を選んだ。
長く伸びた髪を魔法で編み込み、髪を結い上げる。この魔法はデイジーに教わったものだ。
―魔法ってこんな事もできるのよね。使いこなせたら、その分暮らしが豊かになるに違いないわ。
魔法を使いこなすには、魔法について学ばなければならない。
ようやく今日、その日が来たのだ。
集合の時間―
カトリーナ達は、初日に説明を聞いた大広間に集まった。まだ、全員ではないがもうすぐ来るだろう。
初日にいた人数に比べると、閑散とした印象を受ける。
カトリーナはラトリエルとエステル姉妹と一緒にいた。アザミが離れた所からこちらを睨みつけているが、特に何も言ってはこない。
―やっと入学する日が来たんだから。今は気にしない様にしましょう。
カトリーナはアザミから目を逸らす。不快なものをわざわざ見る必要なんてない。
そっぽを向かれたアザミの顔が更に歪んだが、カトリーナはその様子を見る事はなかった。
「皆さん、揃いましたね」
大広間にコルファー先生が入ってきて、点呼を取る。
「おや、二人来ていないようですが……」
コルファー先生が見渡すと、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「すみません。遅れました」
「ゴメン」
遅れた二人の子どもだった。東の国出身のカグラとフーという少年だ。
初めて二人を見た時は、兄弟かと思ったが違うらしい。流暢に話す方がカグラ、片言で話す方がフーだ。
二人は見慣れない服装をしている。
特にカグラが纏った艶やかな着物は、ローブとは違うようだが動きづらそうだ。
―あの服って、どうやって着てるんだろう。一人で着られるのかしら?
カトリーナが異国の二人を見つめると、隣にいたデイジーが惚れ惚れとした様子で「東の国のお着物って素敵よね。装飾も繊細な模様で綺麗ですわ」と言う。
確かにと思いながらカトリーナは、カグラが髪に挿している装飾に目が行く。金属加工された「それ」が、キラリと光った。「それ」を簪と呼ぶ事をカトリーナは知らなかった。
コルファー先生に促されて、遅れた二人も子ども達の輪の中に入る。
「それでは、今から聖地に―レーム学園に向かいます。私に付いて来てください」
コルファ―先生の先導のもと、カトリーナ達は王城の地下へと降りていく。魔法ゲートが地下にあるのだ。
「全く、何でこの私がこんな薄暗い階段を通らないといけないのよ」
アザミがブツクサと文句を言う。今回は決して大きくない声だったが、地下階段に響くには十分だった。
「何かすごい魔法で瞬間移動とか出来ないの?」
終わる様子の無いアザミの文句にカトリーナは苛々した。
―たかが階段でどれだけの文句が続くのよ。
そう思っているのはカトリーナだけではない。
アザミの前を歩くテオが、苛立った目でアザミの方を振り返る。テオの態度にアザミは更に文句を垂れた。
「何よ、汚い平民の分際で!本来は同じ空気を吸う権利も無いくせに!!」
平民のテオを扱き下ろすアザミに、テオは憎しみを込めた低い声で言い募る。
「オマエみたいな穀潰し、運よく貴族に生まれなかったら野垂れ死んでいただろうよ!黙って歩くこともできねぇんだからな」
テオの言い草に、いつもの様にカッとなったアザミは、奇声を上げて喚いた。コルファー先生が注意するも、怒りで聞こえていないようだ。
「キィィィ!あの女といい、下民のくせに私に楯突く気!?」
アザミとテオが言い争う。特にテオは今にもつかみ掛かりそうだ。そんな二人に落ちつかせるようにデイジーが声を掛ける。
「二人とも危ないわ。今暴れたら転げ落ちますわよ」
デイジーの言葉に、テオは「わかってるよ」とぶっきらぼうに言うが何とか自分を落ちつかせたようだ。
しかし―
「フン、子爵令嬢ごときが私に命令すんじゃないわよ!」
アザミがデイジーに向かって手を振り上げた。それを見て、カトリーナは怒りで顔が熱くなる。
―この女!本当にありえない!!
カトリーナがアザミにつかみ掛かろうとした時に、「ハァ」と威圧的なため息が聞こえた。
ただの吐息なのに、苛立ちと軽蔑を伝えるのに、それ以上の言葉は要らなかった。
この重苦しい空気は、愚かなアザミすらも動きを止めるほどに、周囲を緊張させた。
お陰でデイジーは打たれず、カトリーナは安堵する。
子ども達全員が止まって、その方向を振り向く。一番後ろ―一番上の段に立ってマルガレーテが軽蔑の目で全員を見下ろしている。
黙ってさっさと進め。
そう目が物語っていた。一言も発していないのに、マルガレーテがこの騒ぎを馬鹿馬鹿しく思っているのがよくわかる。
マルガレーテの冷たい瞳を目の当たりにして、ずっとうるさかったアザミが、気まずそうに黙り俯いた。
―流石のアザミもマルガレーテ公爵令嬢を見たら気づくのね。所詮自分は、権威ある公女様には敵わないって。
圧倒的な差を見せつけられ縮こまったアザミとは対照的に、テオは「ケッ」と不満そうに吐き捨て、憎しみに満ちた目でマルガレーテを真っすぐと見上げる。
「お前にとって、俺らは話す価値もねえのかよ」
テオの訴えなどに、聞こえていないかのようにマルガレーテは澄まし顔で黙っている。
彼女にとってテオだけでなく、この場に居る全ての人間が何をしようが関心ないみたいだ。
「喧嘩しない!足を踏み外しても責任取りませんよ」
コルファー先生の注意以降、誰も話さずに階段を降りていった。
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