37.初めての友達(1)
「ごめんさない。お邪魔だったかしら?」
デイジーが申し訳なさそうに言う。彼女の後ろには、妹のエイミーが付いて来ている。
「全然!!そんなことないわ」
カトリーナは慌てて、そう言った。
そして、ラトリエルの方を向いて「ねぇ?」と同意を求めるとラトリエルも「うん」と頷く。
「そ、そうですか?」
デイジーは釈然としない表情で言うも、それ以上は何も言わない。エイミーは眠たいのか、こっそりとあくびをしたのをカトリーナは見逃さなかった。
デイジーが勘違いをするのも無理はなかった。
先程、ラトリエルがカトリーナに魔法をかけた時から、お互いに距離が近かったからだ。
「カトリーナ様、お加減はどうですか?」
デイジーが話題を変えるように言った。
デイジーは誰に対しても様付けで呼ぶ。妹のエイミーは除くけれど。彼女の母親や、友人たちがそういう人達らしい。
「えぇ、体調は万全よ。前も訪ねてくれたのに、ごめんなさい」
「本当ですか?顔色が悪いですよ。お部屋も変わっていますし、あの方に何かされたんでしょう?」
「あの方」とはアザミの事だろう。デイジーの様子に、カトリーナは少し心配になった。
―ラトリエルもだけど、デイジー達がこんなに心配するなんて……。アザミはどれだけ騒いだのかしら?
カトリーナはこの3人が気になっているらしい、自分とアザミにあった事を話すことにした。特に隠す必要もない。
完全な私怨だから人に話すのは気が引けていたが、アザミが大食堂で言いふらしたと聞いてからは、気が変わった。
「立ち話もなんだから、中にどうぞ」
カトリーナは3人を部屋に招いた。
客人には椅子を勧めて、自分はベッドに腰掛けて話し始める。
「畏まって話す内容ではないんだけど―」
8号室であった出来事を、カトリーナは出来るだけ客観的に説明する。水魔法でアザミの息の根を止めようとしたことも、包み隠さず話した。
―ここで誤魔化したり隠したりしたら、悪いのは私だって言う様なものだし。
大食堂で話を聞きつけた3人に、下手に言い訳をするのは悪手だ。
それに、カトリーナは目の前の人達に言い訳をしたくなかった。
「―だから、デルルンド嬢が言ってたことは嘘ではないの」
カトリーナはそう言って3人を見渡す。
3人は何とも言えない顔をしていた。
―無理も無いわ。この人たちは私が一方的に虐められた「可哀そうな子」だと思って心配していたんでしょうから。
話した結果、良く思われなくても―嫌われたとしても傷つかない様にしようとカトリーナは身構えて、3人の反応を待つ。
先に行動したのは、意外にもエイミーだった。
エイミーは、カトリーナの説明の途中で顔を歪めて震えていた。
そんな彼女は、説明が終わって少しすると意を決めたように走って部屋から出て行った。
「エイミー!?」
姉のデイジーが驚いて呼び止めるも、妹には聞こえていないのかそのまま行ってしまった。
「本当に……なんて、なんて失礼な子なの!?」
デイジーは憤りの声を上げるが、カトリーナは宥める。
「いいのよ、デイジー」
「だって……」
「エイミーが何を思ったのかはわからないけれど、仮にエイミーが私を怖がったり、嫌ったりしても、それは仕方がない事だわ」
「そんな事……」
「それだけの事を私はしたのよ」
カトリーナは自分で言いながらも、少し悲しい気持ちがこみ上げる。
「私は私の大切なものを燃やしたデルルンド嬢の事が、殺したいくらい憎い。けれど、それが間違っている事も、わかっているわ」
「現にコルファー先生が駆けつけて、吹っ飛ばされたもの」と笑って言うと、デイジーは悲しそうな顔をした。
「貴女は間違っていません、カトリーナ様」
デイジーがカトリーナの目を見て言う。
その目に、カトリーナの事を責めるような気持ちは、少しも見られなかった。
「確かに殺そうとしたのは、先生が止めてくれてよかったと私は思います。もし先生が駆けつけるのが遅かったら、いくらレーム学園でも入学を認めないかもしれませんから」
殺人はホルムクレン公国でも重罪に当たるだろう。入学案内の契約書にサインしたとはいえ、ここはまだ聖地ではない。
今ここでアザミが死ぬのは、レーム学園としては不本意なはずだ。
わざわざ現地に連れてきてから、一週間も考える期間を設けるという、優しくもまどろっこしい事をするくらいなのだから。
「自分の物を燃やされたら、怒るのも憎むのも当然です。しかも、あの方は以前からカトリーナ様に危害を加えてきたではありませんか!」
「今までよく同室で過ごせたものです。私なら絶っ対に嫌です」とデイジーはわざと顔を顰めて見せた。
カトリーナはそれを見て笑った。
「デイジー嬢に全部言われてしまったけど……」
今まで黙っていたラトリエルが話し出す。
「今の話を聞いたからと言って、トレンス嬢を嫌いにはならないよ」
カトリーナは今、初めて泣きそうになった。
デイジーの言葉も、ラトリエルの言葉も、全てカトリーナを気に掛けてくれた言葉だった。
カトリーナは生まれてから今まで、誰かにそんな言葉を掛けられたことが無かったから嬉しくて仕方がなかった。
「二人とも、ありがとう」
声が震えたが、二人はそれについて言及しなかった。
「あ、あの……」
扉の外から消えそうなか細い声が聞こえる。
「あ、あ、開けて……ください……」
エイミーの声だ。
お読み頂きありがとうございます。
次回も読んで貰えると嬉しいです。
よろしければ評価★★★★★や、
ブックマークをお願いいたします。




