35.ラトリエルの訪問(2)
カトリーナが想い人の前であられの無い姿を晒した事に絶望していると、また扉がノックされた。
カトリーナは、ふらふらと扉に向かう。
誰が来たのかは知らないが、もうどうにでもなれと思っていたので、身だしなみはそのままだ。
自暴自棄になっていながらも、扉はほんの少ししか開けなかった。流石に下着が透けた状態で、人とは会えない。
―着替えれば良かった……。これなら、寝間着の方がマシだったわ。でも、今が何時かは知らないけど、もう夜よ。どうして立て続けに人が来るのよ!
カトリーナは先ほどのショックで、ラトリエルが「直ぐに戻る」と言っていた事を忘れていた。
扉の外には案の定、ラトリエルが気まずそうに立っていた。
「何度も、本当にごめん。その……」
ラトリエルが狭く開いた扉の隙間に、そっと何かを差し出した。受け取って広げてみると、それは緋色のベストだった。
「それ、僕のだけど。良かったら使って……。あ、まだ着た事ないから、状態は新品だよ」
ラトリエルは、このベストを取りに部屋に戻っていたらしい。
カトリーナは恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちがせめぎ合ったが、ベストに袖を通す。サイズは少し大きめだが、贅沢は言っていられない。
ベストのボタンを全部留めて、扉を開ける。
ずっと目を逸らしていたラトリエルが、カトリーナの方を向くと「うん、大丈夫」と言った。
「ありがとう。それと、さっきはごめんなさい。見苦しいものを見せてしまったわ」
カトリーナがお礼を言うと、ラトリエルはブンブンと顔を横に振る。
「いや、全然見苦しくな―いや、これだと変態みたいだな。その、どう言えば良いのかわからないけど……!」
あたふたと話すラトリエルの様子がおかしくて、カトリーナは「ふふっ」と笑った。
―リボンを結ってくれた時はスマートだったのに。なんだが可愛いわ。
「えっと、その」と言って、ラトリエルは、今度は小袋を差し出す。カトリーナは受けとり「開けていい?」と聞くと、ラトリエルは頷いた。
中身は焼き菓子の様だが、これが何というお菓子なのかはわからない。
「これは?」
「乾パンだよ。昨日、入学を辞退した同室の子が餞別でくれたんだ。夕食の時に、トレンス嬢を見かけなかったから」
「そういえば夕食を食べてないわ。眠ってしまって、忘れてた」
有難く頂くことにした。
二度寝する前に食べよう、と思いつつお礼を言うも、ラトリエルが何かを聞きたそうにしているのに気が付く。
「えっと、どうかしたの?」
「ああ、ちょっと気になって……その……」
カトリーナが尋ねるも、ラトリエルは言い淀み、なかなか話しは進まない。
これが他の人だったらカトリーナは「乾パンをありがとう。じゃあ、また明日」とか言って、扉を閉める所だ。
―込み入った話だったら、部屋に入れたほうが良いのかしら?でも、異性を部屋に招くのってどうなの?
カトリーナが別の事で悩み始めると、ラトリエルが意を決したようで本題に入る。
「今日、君が居なかった大食堂で、デルルンド嬢が「トレンス嬢に殺されかけた」って騒いでて……ほとんどの人は相手にしていなかったんだけど、あの人、淑女教育を受けてないんじゃないかってくらいに声デカいからさ。嫌でも耳に入っちゃって」
「あぁ、なるほどね。目に浮かぶわ、その光景……」
カトリーナはラトリエルの手前、冷静さを装ったが、内心は腸が煮えくり返っていた。つい先程、ラトリエルに癒された気持ちが一気に消え失せる。
―はぁ!!?あの女どの面下げて吹聴してんのよ!!!こっちは所持品をほとんど燃やされてんのよ!!ふざけんじゃないわよ!!!
けれども、大食堂でアザミが言った事は全く嘘ではない。あの時、カトリーナはアザミを殺したかったし、今もその思いは変わっていないのだから。
「そんな事をしても、魔法書もリボンも戻って来ないよ」とか「そんな事で殺さなくたっていいじゃない」などという人が居ようものなら、カトリーナはその場で、相手を氷の槍で串刺しにするだろう。
それくらいカトリーナは自分の不幸を憎んでいたし、アザミの事を目障りに思っていた。
「それで?貴方は何を聞きたいの?」
カトリーナは、自分でも驚くくらいに冷たい声で言った。こんな言い方はしたくなかったが、止められなかった。
「デルルンド嬢の言った事は嘘よって、言って欲しい?」
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