34.ラトリエルの訪問(1)
カトリーナは夢を見ていた。
夢の中のカトリーナは、知らない部屋の中でゆったりとした椅子に腰かけて、くつろいでいた。
その手元には、愛読書の『はじめてのまほう』が開かれている。
―これは……夢だわ。
カトリーナの意識は夢を見ていながら、現実的だった。自分の記憶と理想が混ざり合った、幻の世界。
夢だと理解しながらも、カトリーナは開かれた愛読書のページを愛おしげに撫でる。
開かれているのは、山奥で見たっきりの白紙のページ。
〈今回はしてやられたね〉
ページに文章が浮かび上がる。
〈まぁ、しかたないよ。君の邪魔をする人は、決して伯爵家の人間だけじゃないんだ〉
―確かに、ここに来るまでに外で悪い人には出会ってこなかった。逆に、魔法書を無償でくれた人に出会ったくらいだもの。
カトリーナは、ギルドで出会った親切な男の事を思い出す。
―会ってお礼を言いたかったけど、貰った本を燃やされてしまった……。合わせる顔がないわね。
夢の中のカトリーナは、魔法書に声をかける。
「アザミに復讐したいの。何かいい方法は無いかしら?」
ページに文章が浮かび上がる。
〈聖女の呪いを利用するんだよ。学園で、大勢の前でアザミを追いつめるんだ〉
カトリーナは、魔法書の答えに肩を落とす。
「それはとっくに思いついているわよ。もっと具体的な案が欲しいの」
そう返すとまた、文章が浮かび上がる。
けれども、その文字を読むことができなかった。
夢の中の部屋の扉がノックされている。
カトリーナの意思に反して、夢の中のカトリーナは魔法書を閉じて扉の方へ向かった―
カトリーナは目を覚ました。
窓の外はとっぷりと暗くなっている。真夜中だ。
―あのまま、眠ってしまったのね。
カトリーナはベッドから身を起こす。
無意識に布団を頭から被っていたのか、全身がぽかぽかとしていて、じんわりと汗ばんでいた。
―なにか夢を見ていたような気がするけど……覚えてないわ。
目の周りが乾いたのか、触っただけでも少し痛い。ぼんやりとした意識の中、何もせずにいると―トントントン、と部屋の扉がノックされた。
「どなたかしら?」とカトリーナが、のそのそとベッドから降りる。扉を開けると、ラトリエルが背中を丸めて立っていた。
ラトリエルは、カトリーナの寝起きの顔を見て「寝てた?」と聞く。
カトリーナは慌てて、乱れた髪を手櫛でごまかしながらも、取り繕う事はできず「え、えぇ」とほとんど生返事しか返せなかった。
「そっか。夜分にすまない、起こし―」
ラトリエルはそう言いかけて、はたと言葉を止める。
そして、カトリーナの方をじっと見つめたかと思うと、見る見るうちに顔が赤くなる。
「どうかしたの?」
カトリーナが近づくと、ラトリエルは一瞬、顔を背ける。
「す、すま、ご、ごめん!直ぐに戻るから、いったん部屋に戻って」
と言ってカトリーナの身体を部屋の方に向けさせ、背中を押しやると、そっと扉を閉めて行ってしまった。
―……え?……え?何??
カトリーナは呆然とした。
眠気は吹き飛んだが、自分はまだ夢の中で、寝ぼけているんじゃないかと思った。
―いや、夢であって欲しいわ。物を燃やされた上に、ラトリエル……好きな人に避けられるって、今日一日で最悪な事が起こり過ぎよ。
いっそ夢であれ、と願うカトリーナの願いとは裏腹に、どんどん思考は冴えてゆく。
そして、カトリーナは部屋に備え付けられた鏡の前にふらふらと立ち寄り、絶望する。
寝起きでぼさぼさの髪に、むくんだ顔。
腫れぼったい目。
何よりも目をひいたのは、汗をかいた影響で白シャツに、うっすらと透けた下着……。
カトリーナは天を仰ぐ。
―終わったわ。私の初恋……。
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