33.追放された子ども達
「少し待っていなさい」と言って出て行ったコルファー先生と入れ違いに、メディアン先生がやって来た。
「おひさー。またまた、災難だったねぇー」
メディアン先生が、中身が溢れそうな洗濯かごを床に置き、大きく伸びをした。
カトリーナは、一足先にレーム学園に居るはずのメディアン先生の訪問に、首をかしげる。
「メディアン先生、学園に居るはずでは?」
「あー、あの後、馬車の運転手を続ける事になってー、入学を辞めた子達を送り返してたのー」
「ここ最近ずっと、学園と王城を行ったり来たりしてるー」と言いながら、メディアン先生が洗濯かごから一枚のシャツを取り出し、正面からカトリーナに合わせる。
「うーん、丈は丁度いいけど、首元がちょっと窮屈だねー」
メディアン先生は一人納得すると、また別のシャツを合わせる。
「今度は丈がビミョー、合うのあるかなー?」
また、別のシャツを合わせようとするメディアン先生に、カトリーナは困惑気味に尋ねる。
「あ、あのさっきから何をされてるのです?」
「えー、代わりの服だけどー?持ってきた服をー、燃やされちゃったんでしょー?」
メディアン先生は「さっきー、コルファー先生に言いつけられてねー」と言って続ける。
「うちに入学してくる生徒ってー、貴女みたいな子は珍しくないのー。中にはー、手持ちも何もなくてー、身一つでここに来る子もいるんだよねー。まぁ、燃やされたっていうのは初めて聞いたけどー」
「私みたいな子?」
カトリーナの疑問に、洗濯かごを物色しながら、メディアン先生は続ける。
「ほらー、貴女もここに来る前にー、聞いたことあるでしょー?ここに来た生徒が死にやすいってー」
遠くを見るような目をしてメディアン先生は、ふと手を止めた。
「家督の後継者争いとかー、親戚の子どもが受け継いだ財産目当てとかー、あとはー、口減らしとかー?嫌がらせで追放ーとかもあったねー」
過去の生徒達を思い出しているのか、メディアン先生は懐かしいそうに続ける。思い出話にしては物騒な話だが、カトリーナは気にならなかった。
自ら望んだとはいえ、ある意味ではカトリーナも追放されて、ここに来た様なものだから。
「レーム学園はー、そういった邪魔な子ども達の追放先にも選ばれてるのよねー。不本意ながらー。まぁ、魔法の才を持つ子に限られるんだけどー」
―要は、誰かに死んでほしいと願われた子が、ここに送られる場合はザラにあるのね。私は願ったり叶ったりだけど、そうじゃない子にとっては……
カトリーナは、今残っている子ども達の顔ぶれを思い出す。
エステル姉妹は、レーム学園を卒業した両親に憧れ、二人が止めるのも構わず、入学を決めたそうだ。
それ以外の子ども達の事は、知らない。
―そういえば、ラトリエルはどういう経緯でレーム学園に来たんだろう?
カトリーナは、説明会の時にコルファー先生に見られていたラトリエルの事を思い出した。「魔力が少ない人は辞退して欲しい」という話の時だ。
仮に、ラトリエルの魔力がレーム学園に転移する魔法ゲートに足りなかった場合、ラトリエルは消えてしまう。
―まぁ、ここに来た子が、必ずしも私と同じとは限らないわ。現にデイジー達は違うもの。
それに、とカトリーナは不安な気持ちを打ち消すように、前向きな考えを浮かべる。
―ラトリエルの魔力が少ないって、まだ決まった訳じゃないわ。それに、コルファー先生がラトリエルの方を見ていたのだって、私の気のせいかもしれないもの。
カトリーナが一人、悶々と考えている間も、メディアン先生は「あーでもない、こーでもない」とシャツを広げては戻しを繰り返しながら、説明する。
「消える前提の子にー、着替えとかの持ち物なんてー、持たせないのよー。そういう大人ってー。そういう子達に貸してる服がー、これー」
メディアン先生が、また別のシャツを取り出して見せる。さっきから、選ばれるシャツが男物だ。
「あ、あのぅ、先生」
カトリーナが言いづらそうに言う。
「私、女です」
「んー?知ってるよー?逆にー、男だったらびっくりー」
「え、けど……」
と言って、メディアン先生が広げた白シャツを見つめる。
「ボタンがそちら側に付いているのって、男物だったと思うのですが……」
私の記憶違い?と首を傾げるカトリーナに、メディアン先生は「あーねー」と一人納得がいったようだ。
「確かに、この籠の服はー、全部男物ー。昨年、女物の服が売れきれちゃったのよねー」
「これじゃ嫌ー?」と聞くメディアン先生に、カトリーナは「嫌じゃないです」と答えた。
―男に間違えられた訳じゃないのね。びっくりしたわ。代わりの服なんて、着られれば何でもいいもの。
「あー、これはぴったりかもー。着てみてー」
渡されたのは、シンプルな白シャツに黒パンツ。カトリーナは、スカート以外を履くのは初めてだった。
少年のような恰好を、カトリーナは存外気に入った。
―思ったよりも悪くないわ。なんなら、パンツスタイルの方が動きやすくて好きかも。
女性のパンツスタイルは、ここ200年ほどで珍しくはなくなった。
けれども、社交界などの公の場では、女性はドレスを着るのが普通だったし、貴族の中には、未だに女性のパンツスタイルを良く思わない者が大勢いる。
そういった背景もあって、貴族に生まれたカトリーナにとって、今の服装はとても新鮮だった。
「サイズは大丈夫そー?」
「ええ、丁度良いです」
カトリーナが答えると「それは良かったー」とメディアン先生は言った。似たようなサイズの服を、もう3着選んで、カトリーナに渡す。
「しばらくはー、これで過ごしてもらうと思うー。一昨日とかならー、町に行く馬車もあったんだけどー」
今の時期は、王城からの馬車は入学を辞退する子ども達を送るための馬車しかなく、他の用事で使う事ができないらしい。
「もしー、残りの日数でー、新しい辞退者が出たらー、街に連れて行けると思うー。でもー、今日で4日目だからー、あまり期待しない方が良いかもー」
メディアン先生は、洗濯かごを持ち上げると「じゃあねー」と言って部屋を出て行った。
一人になったカトリーナは、ベッドに身を投げる。こんな時、いつもだったら『はじめてのまほう』を眺めるのだが、愛読書はもう手元に無い。
カトリーナは、再び喪失感に駆られた。
もうすぐ夕食の時間だが、全く食欲が沸かない。
―ついさっきお昼を食べたと思っていたのに、外がもう薄暗いわ。
寝返りを打って窓を眺めながら、カトリーナはアザミへの復讐を考える。
―アザミを死に追いやるには、あの女に罪悪感を植え付けなければならないわ。……けど、あの女に罪悪感なんて存在するのかしら?
漠然とした計画は頭に浮かんでいるのだが、具体的に詰めるのが難しい。
いろいろと考えている内に、カトリーナはそのまま眠ってしまった。
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