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31.アザミの反撃~灰になった所有物~(2)

「アンタの大切なゴミは、灰になって飛んでいったわ!」


 その言葉を聞いたカトリーナは、アザミの頬を思い切り平手打ちした。バチン、と鈍い音が鳴る。不思議な事に打った手は、痛みを感じなかった。


 怒りで感覚が鈍っているのだが、怒りに支配されたカトリーナにはそんな事はどうでも良かった。


「なにすんのよ!!!」


 叩かれた怒りで目をギラつかせて、こちらに食って掛かるアザミを、いつもの水球の魔法で閉じ込める。

 


 カトリーナは怒っていた。

 伯爵家での日々、ここに来る前の山奥での出来事―今までも散々な目にあってきたが、ここまで怒った事は無い。


 抵抗する術が無いのか、アザミは水の中で、苦しみもがいている。カトリーナが、まだ水の魔法しか使えない様に、アザミも、今は火の魔法しか使えないようだ。


「なんだ。貴女、大したことないのね」


 そう言って嘲笑うカトリーナだったが、突然、何か強い力に吹き飛ばされて、壁にぶつかる。


「また貴女方ですか!いい加減にしなさい!!」


 コルファー先生だった。


 吹き飛ばされた影響で、アザミを閉じ込めた水球が弾け飛び、前回よりも部屋を全方面に濡らす。


 その事は、荷物をほとんど失ったカトリーナにとっては、全く痛手ではなかった。対して、アザミがこの4日間で散らかしたドレスやアクセサリーなどは、全てびしょ濡れになっている。


 水球から解放されたアザミはせき込み、鼻水を垂らしながらカトリーナを睨む。


 いつものカトリーナなら、ここで機嫌よく相手を更に煽るのだが、怒りに染まった今、そんな余裕はなく、黙ってアザミを睨み返した。


 先に口を開いたのはアザミだった。


「この人殺し!!!コルファー卿!私、この女に殺されかけました!さっさと追い出して下さいまし!!」


 アザミの言葉にコルファー先生が、厳しい目をカトリーナに向ける。


「何があったのか知りませんが。今回はトレンス嬢、貴女に非があります。この前、デルルンド嬢にも言いましたが、魔法は他者を脅すものでは―」

「泥棒を排除する為ですわ、コルファー卿」


 コルファー先生を遮って、カトリーナが話す。


 物が消えたカトリーナが使っている方向に目を向けながら、カトリーナは続ける。


「ノートに文房具、洋服、唯一持っていた魔法書、それに―」


 カトリーナは唇を噛み締める。



―ラトリエルが似合うと言ってくれたリボンまで、この女は燃やしたのよ。



 今日付けていたリボンは、別のリボンだった。毎日同じリボンなのも、と気分転換に違うリボンを選んだ事が、最悪な結果を招いてしまったのだ。


 コルファー先生はカトリーナの様子と、物の無い机や何も掛かっていないハンガーを見て、何があったのか察した様だった。


 そして「それでも、やってはいけませんでした」と厳しい声で言った。


 コルファー先生は、アザミにも事情を聞くが、アザミが正直に話す訳が無い。


「トレンス嬢の荷物なんて知らないわ。そんな物を盗まなくったって、私にはあんな物よりも良い物を、沢山揃えているもの」


とはぐらかした。


 アザミはわざわざ、水の被害を免れたアクセサリーを見せびらかして言う。ネックレスに宝石、そして、可愛らしいリボン達が、両手からあふれるほど沢山ある。


「ほら、私はこんなに持っているのよ。アンタのしみったれた安物なんて、要らないわ」


 カトリーナは、憎ましげにアザミを睨んだ。


「貴女がさっき、私の物を燃やしたって言ったんじゃない!!」

「そんなこと言ってないわ。証拠でもあるの?」


 言い争い、今にもお互いに掴み掛りそうな二人を、コルファー先生は力づくで引きはがす。


「全く、たった一週間で二度も騒ぎを起こすとは……。これ以上、貴女方を一緒に居させるのは不可能ですね。どちらか、空いた部屋に移って貰います」


 うんざりしたように話すコルファー先生にも、カトリーナの怒りが向く。


―一緒に居させるのが不可能?そんな事、初日のボヤ騒ぎでわかってたはずじゃない!今になってとか、遅すぎるのよ!!!


 そんな風に思っているカトリーナに向かって、アザミが面倒くさそうに言う。


「アンタが出て行きなさいよ。「幸いにも」荷物も少ないんだから、丁度良いじゃない」


 アザミの言い様に、怒りが更に燃え上がったカトリーナは、その怒りに任せて、氷の槍で目の前の女を突き刺してやろうとした。



 が、氷の槍を作り出すことは出来なかった。


 高ぶった感情が魔力のコントロールを乱したのか、魔法を使おうとした瞬間に、コルファー先生が物凄い顔でカトリーナを睨んだからなのか、理由はわからない。


 おそらく、両方とも関係しているのだろう。


 魔力のコントロールについては『はじめてのまほう』にも記載があったし、コルファー先生は初日の説明会で、何かの呪文で生徒を落ちつかせた実績があるのだから。何らかの魔法で、カトリーナの魔法を封じているのかもしれない。


「私が部屋を替わりますわ、コルファー卿」


 カトリーナがなんとか無理矢理、冷静を装いながら言った。


「整理整頓の出来ないデルルンド嬢が、この部屋の荷物を纏めるのを待っていたら、3日間なんて過ぎてしまうもの」


たった4日間で、8号室の床は足の踏み場も無くなっていた。全て、アザミのものぐさが原因だ。


使った物を片付けるということが、甘やかされて丸々と太ったご令嬢には、難しいらしい。


 カトリーナは、近くの床に脱ぎ散らかされた洋服達―勿論アザミの物だ、を摘んで部屋の隅に放り投げる。


苦し紛れの反抗だった。


 水で濡れた衣類はベチャっと嫌な音を立てて、床に張り付いた。投げた拍子に、洋服に隠された、脱いだまま放って置かれた下着が露になる。


 カトリーナはドン引きした。


 苦し紛れの嫌味が、こんな不愉快な物を見る羽目になるとは、思わなかったのだ。


 コルファー先生も、引きつった表情を浮かべて、それから目を背ける。アザミの顔が一瞬で青白くなり、そしてまた直ぐに赤くなった。

 

 大方、自身のズボラさを目の当たりにされて、彼女の無いに等しい羞恥心が働いたのだろう。


 憎い相手が恥を晒したというのに、カトリーナは少しも気が晴れなかった。


―こんなことしても、魔法書も、ブルーグレイのリボンも戻って来ないわ。それなのに、あいつには掃いて捨てるほどの物があるなんて、不公平よ。


 カトリーナは二人に背を向けて、唯一無事だった旅行鞄を握りしめる。


「荷物がこれしか無くなったから、直ぐに移動できますわ」


 そう言って、さっさと8号室を出て行った。

 涙は出なかったが、悔しくて仕方がなかった。



 この時に、カトリーナは決意した。


―アザミ・デルルンドを死に追いやるわ。仕返しなんて生温い。レーム学園に相応しい死を、あの女に与えてやる。

 


お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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