30.アザミの反撃~灰になった所有物~(1)
ラトリエルと少し話をして、カトリーナは8号室に戻った。中に入ると、先程カトリーナが水浸しにした床は、何事も無かったかのように、少しの水気も無い。
「さっさと閉めて」
アザミが睨みつけながら、固い声で言う。
通路に響き渡っていた通り、号泣したせいか、目元が赤くなっていた。
カトリーナは返事をせずに、扉をそっと閉める。アザミはこちらを睨むのを止めなかったが、何も言わなかった。
カトリーナはアザミから顔を背け、ニヤリと笑う。このまま一週間、お互い関わらずにいられればそれでいい。
仲良しになる必要は無い。なりたくも無い。
けれども、憎み合う必要も無い。
これ以上アザミが仕掛けてこなければ、カトリーナとて争う理由は無いのだ。
―そのまま大人しくしていなさい。
カトリーナは、アザミの存在を無視して『はじめてのまほう』を手に取る。
読み返しすぎて、本の内容はとっくに頭に入っているが、これを眺める以外に、カトリーナには時間を潰す方法が無いのだ。
その後は、何事もなく夕食を大食堂で食べて、何事も無く布団に入った。
こうして、最悪なルームメイトとの一日が終わり、カトリーナは安心した。
―初日から面倒な人と当たったけど、もう、流石に大丈夫でしょう。コルファー先生にかなり絞られたらしいから。
が、後にこの予想は裏切られることになる。
それも最悪な方法で。
やられたらやり返すの精神で生きているのは、何も自分だけではないのだと、カトリーナはこの時、考えもしていなかったのである。
事件が起こったのは、王城に来てから4日目の事だった。
この頃には、20人と少しくらいいた子ども達は、目に見えて減っていた。カトリーナがざっと見て、今残っているのは10人と少しくらい。
最初の人数の、およそ半分だった。
カトリーナはもちろん、エステル姉妹とラトリエルも残っている。
そして、初日にあれほど文句を言っていたアザミも残っていたので、カトリーナは未だにアザミと同室だった。
4日目の午後―
カトリーナは、双子のエステル姉妹と一緒に昼食を食べ終えて、8号室に戻った。
アザミはまだ戻っておらず、カトリーナは、束の間の一人の時間を楽しむことにした。
楽しむと言っても、することは一つしかない。
カトリーナはいつもの様に『はじめてのまほう』を読もうと、備え付けの机に向かう。
机には、何もなかった。
魔法書どころか、ノートや文房具さえも。
―おかしいわ、外には持ち出していないはずなのに……。
カトリーナは自分の旅行鞄や、ベッドの下、枕元など、部屋中を探したが見つからない。
それどころか、今着ている物以外の洋服も無くなっている。無事だったのは、鍵をかけていた旅行鞄に入っている日用品の予備のみ。
カトリーナは嫌な予感がした。
けれども、それを問いただす相手は、まだ戻ってはいない。
―もしかしたら外にあるかも。
そんなはずは無いのに必死なカトリーナは慌てて外に向かおうとすると、そのタイミングでアザミが戻ってきた。
いつも澄ましているカトリーナの慌てぶりを見て、アザミは、いやらしい笑みを浮かべる。
「どうされましたの、トレンス嬢?そんなに髪を振り乱した挙句、部屋を飛び出すなんて淑女の風上にも置けませんわ」
嘲笑うアザミに、氷の槍を放ちたくなるが、カトリーナはそれを理性で留める。
「貴女が盗ったんでしょう?私の本や服を返して!!」
「あんなゴミ、私が盗むわけないじゃない」
アザミが馬鹿にするように続ける。
「ゴミは処分する。常識でしょう?」
そう言って、アザミは部屋の窓を指さした。
カトリーナは、駆け足で窓に近づき、外に身を乗り出して地面を見下ろす。
王城の2階に位置する8号室からは、地面に植えられている雑草まで、はっきりと見える。
カトリーナの私物は、どこにもなかった。
どうやら、窓の外に投げ捨てられたわけでは無いらしい。カトリーナの様子を見て、アザミがあの下品な笑い声をあげる。
「アンタの大切なゴミは、灰になって飛んでいったわ!」
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