3.予想外のプレゼント~レーム学園への入学案内~(1)
カトリーナが魔法で反撃してから、数日たったある日の朝。
珍しく4人家族が食卓に揃った。
この家族が同じ食卓についたのは、初めての事だった。重苦しい朝食の時間、父親がカトリーナに話しかける。
「なぁ、カトリーナ」
その瞬間、場の空気に緊張が走った。
話しかけた父親と、話しかけられたカトリーナを交互に見ながら、母親も、給仕のために控えている使用人も、皆が二人の様子―特にカトリーナの方を見て怯える。
母親は様子を窺うようにカトリーナを盗み見るも、そのさなか末娘のエレナが、相も変わらず姉を睨みつけているのを見てしまい、背筋が凍った。
止めなさい、と恐怖のあまり叫び出したいのを母親は必死で堪えた。カトリーナがエレナの方を見ませんようにと、心から祈りながら。
対してカトリーナは、純粋に驚いて目を丸くしていた。今日はやけに集まっているなと思いはしたが、まさかまだ、自分に用事があるとは思わなかったのだ。
あの一件が起こるまで、カトリーナは自室で一人食事を取るのが当たり前だった。
カトリーナを視界に入れる事すら嫌う両親の顔を見なくて良いように、ひっそりとろくに掃除もされない部屋で、食事の時も、ただ、そこにいるだけのときも息を殺していた。
そう過ごしていても、エレナが部屋を訪れて騒ぎ立てるため、あまり意味を成さなかったが。
けれども、もう我慢を止めたカトリーナは家族の存在を無視することにして、好きな時間に好きな所で食事をし、好きな時に出かけて好きな時間に帰宅した。
誰もいない広々と整った食卓で、一人黙々と食事を取るのは、思った以上に気分が良かった。
出てくる食事も、残飯やごみの入った食事ではなく、作り立てで温かい。
綺麗に盛り付けられた食事が、こんなに美味しいものなのだと、カトリーナはここ数日で初めて体感した。
魔法の才を持って生まれたカトリーナの存在を、外部に殆ど隠してきた両親は、カトリーナが自由に動き回ることを嫌った。
けれども、文句ひとつ言うことも出来なかった。
いや、正確には言おうとしたのを、圧倒的な力でねじ伏せたのだ。
「親に向かって何をするのか」と説教しにきた両親を、カトリーナは冷たい目で睨み付けてこう言った。
「逆に聞きますが、忌み嫌い冷遇してきた娘が、自分たちに何もしないと本気で思っていたの?」
「貴方たちを痛めつける事も、消すことだって私には造作もない事なのに?」
そう大げさに言い返せば、大人二人は何も言い返す事は出来なかった。
両親はこの数日で理解したはずだ。
自分たちが産んだ長女が、自分たちを殺すことに何のためらいもない事を。
それ以来、干渉してこなかった父親は、今度は何を言うつもりだろう。
―小言だったら無視で良いか。
話しかけたものの、何度か咳払いするだけの父親に「用が無いなら失礼しますね」と言って席を立とうとするカトリーナを父親は慌てて止める。
「いや、済まない。用事はあるんだ、座ってくれ」
神妙な面持ちでいう父親の「用事」に、カトリーナは興味を持って大人しく席に着く。
カトリーナが言うことを聞いたことに安堵したのか、父親は大きな息を吐くと、ようやく話し始める。
「ホルムクレン公国のレーム魔法専門学校は知っているな」
「はい、存じております」
カトリーナは頷く。
レーム魔法専門学校―何故かレーム学園と呼ばれることもあるこの学校は、偉大な魔法士と名高いホルムクレンの魔女が興したフォルカー公爵家が開校した魔法専門学校だ。
一定以上の魔力を持つ者しか立ち入ることすら出来ないと言われており、その学校に足を踏み入れられる人間は限られているらしい。
そして、定かではないものの、実しやかに囁かれている奇妙な噂もある。
「その学校の入学案内がカトリーナ宛てに届いたんだ。どうだ?通ってみないか?」
尋ねているものの、父親の中でカトリーナをレーム学園に追いやることは決定していた。
レーム学園は全寮制で、カトリーナを安全に家から閉め出すことが出来るのだから。ここに住む者たちにとって、喜ばしい通達だった。
カトリーナとしても、独学で魔法を極めるのに限界を感じていた。
水魔法の有効活用や、もし可能ならば、他の魔法も使える様になりたい。
謎に包まれた学校生活に、期待は膨らむばかり。
両親たちの意向を叶えるのは癪だが、この申し出を断る理由が無い。
―長年の仕返しが出来なくなるのは残念だけれど・・・
カトリーナが思案していると、妹のエレナが気に入らないと声を上げる。
「お姉さまばっかりずるいですわ!ホルムクレン公国って、土地の豊かな妖精の島でしょう?そんな素敵な所、お姉さまには勿体ないです!」
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