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29.ブルーグレイのリボン~恋心の自覚~

「ありがとうございました」


 軽いねんざの手当てを受けたカトリーナがお礼を言う。


「いいよいいよー。正直、こっちが助かったしー」


 手当てをしてくれたメディアン先生が、手を振って見送った。


 本来のメディアン先生の予定としては、馬車での送迎の後、一足先にレーム学園に戻る手はずだった。


 それが、先程の失態でコルファー先生に絞られており、カトリーナとアザミが騒ぎを起こすまで、延々と説教を受けていたのだった。


 メディアン先生のおどけた口調に、カトリーナは笑みを浮かべつつも、お辞儀をして教員室を出た。



 カトリーナは、ゆっくりと通路を進む。

 やり返したとはいえ、また、アザミの居る部屋に戻るのは気分が悪かった。


―あーあ、先生に部屋を替えて貰えるように頼めば良かったわ。


 そう思ったが、コルファー先生の生真面目な―悪く言えば、融通の利かなそうな様子から察するに、その願いは聞き入れてもらえないだろう。


「トレンス嬢」


 だらだらと歩いていると「2号室」の札のかかった部屋から、ラトリエルが出てきた。


「その、さっきは大変だったみたいだね……」


 気遣う様にラトリエルが言う。

 カトリーナの思惑通り、8号室でアザミが叱られた様子は他の生徒たちに、筒抜けになっていた。


 ラトリエルの言葉に「大丈夫よ」と正直に答えるか、「怖かったわ……」と言ってか弱い少女のフリをするかを逡巡する。


―いや、ここは正直に言おう。私には、可愛げなんてないんだから。


 話しかけられてから、1秒も経たない間の思考だった。


 が、カトリーナの湿布の貼られた左手を見たラトリエルが「怪我したのか!」と、血相を変えたのを見て、カトリーナは一瞬、言葉が詰まる。


怯えた訳ではなく、驚いたのだ。


―そういえば、誰かに心配されたのって、ほとんど初めてかもしれないわ。


 カトリーナが言いよどんだ様子に、ラトリエルは「すまない。大声を出して」と謝った。


 カトリーナは、慌てて首を横に振りながら


「いや、大丈夫、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


と言って、アザミとのやりとりやコルファー先生が来てからの事を話す。


 アザミに冷や水を被せた事を話した時は「態とじゃないんだけど……」と言って見せたが、ラトリエルは笑って、


「こんな事言っちゃいけないけど、よくやってくれた!っていうのが本音かな」


といたずらっぽく言った。


 説明会でのアザミの態度は、平民以外の反感も買っているらしい。



「そうそう、これ―」


 ひとしきり笑った後、ラトリエルが左手で一束のリボンを差し出す。カトリーナは、そのリボンに見覚えがあった。


「さっきの席に落ちてたんだ。これ、君の?」


 それは、カトリーナのリボンだった。

 町で買い物をした時に、落ちつきながらも目を引くブルーグレイ色が気に入って買ったのだ。


 買ってから一度だけ結ってみたものの、着飾っている自分に違和感があって、結局結ばないまま、ここに来た。


 ブルーグレイのリボンの事は気に入っていたので、旅行鞄に飾りとして結んでいたのが、先程の説明会の時に解けてしまったらしい。


「落ちてたのね、気が付かなかったわ。ありがとう」


 拾ってくれたラトリエルにお礼を言って、リボンを受けとる。ラトリエルは、すこし不思議そうな顔をして聞いてきた。


「馬車では結んで無かったよね?どうして?」

「可愛いから選んだんだけど……私が結ぶと違う感じがして」


 カトリーナの説明に、ラトリエルは釈然としない顔で言う。


「そのリボンは、君に良く似合うと思うよ。貸してみて」


 リボンを渡すと、受け取ったラトリエルは「ちょっと良い?」と聞いて、カトリーナの髪に触れる。


 美少年ラトリエルの顔を間近で見る事になり、カトリーナは嬉しいやら、恥ずかしいやらの気持ちが、自分の中でごちゃ混ぜになっていくのを感じた。


 心なしか、顔も熱い気がする。




 ラトリエルが、キャラメルブロンドの―カトリーナの髪にリボンを結んだ。

 その時、ラトリエルの右手にどこかぎこちなさを感じたが、それはほんの違和感に過ぎなかった。



「ほら、やっぱり似合ってる」



 そう言って微笑むラトリエルの事を見て、カトリーナは「ああ、好きだなぁ」と思った。




 けれども、その感情を認めると同時に、苦しい気持ちにもなった。


 ラトリエルがスマートに異性の髪に触れ、リボンを結んだ様は、彼が女性慣れしている事を、ほとんど異性と関わりの無かったカトリーナでも、察せられたからだ。


―きっと、この人は優しさで言ってくれているんだわ。それに……


 カトリーナの脳裏に、一度だけ見かけた、妹のエレナと並んで歩いていた見知らぬ少年が思い浮かぶ。


―貴族のラトリエルには、すでに婚約者がいるかも……いえ、居るはずよ。優秀な魔法士になるのを応援してくれる家族や、婚約者が。


 どんなに現実的な可能性に気が付けても、自分に向けられる言葉に喜ぶ気持ちは抑えられなかった。

 カトリーナは、ラトリエルに結んでもらったリボンにそっと触れる。


「……嬉しいわ。今日から結ぶことにする」


―私は今、ちゃんと笑えているかしら?


 そう思いつつカトリーナは、想い人に微笑んだ。

お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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