22.閑話~姉の笑顔が許せない妹の話~(4)
エレナの謹慎は、カトリーナがレーム学園に旅立つ日まで続いた。食事の時すら、自室で食べなくてはならず、庭の散歩も出来なかった。
そんな毎日に嫌気がさして、暴れて物に当たっては壊し、身の回りの世話をする侍女に八つ当たりをして時間を潰すしかなかった。
時には、泣いて謝り「もうお姉さまには近づかないし、話しかけたりもしない」と縋っても、許しては貰えなかった。
こと、カトリーナに対するエレナの態度については、両親も誰も信用していなかったのだ。
特に、使用人たちは申し訳なさそうにしながらも、決してエレナを部屋から出してやろうとはしなかった。
立場上の問題もあるが、エレナがカトリーナの機嫌を損ねて、その矛先が自分たちに向くのを恐れたのである。
「もう……もう、いや、いや、いやー!!!」
エレナが一人で奇声を上げるのは、日常と化していた。そんなエレナの世話をする侍女たちは、エレナの機嫌に翻弄され続け、ほとほとに疲れていた。
「本当に、うんざりするのはこっちの方よ」
「私なんて昨日も今日も蹴られたのよ、見てよこの痣」
「私も……子供のくせに、本当に痛いんだから」
使用人の大部屋では、毎日のように、エレナへの陰口が絶えなかった。
「あーあ、こんな事なら、カトリーナお嬢様の味方をして、命の安全を確保するべきだったわ。そもそも、魔法の才を持つ子どもを敵に回すなんて、本当に馬鹿な事をしたものよ」
一人の侍女がそう言うと、誰かがすかさずに文句を言う。
「なに他人事みたいに言ってるのよ。アンタが、カトリーナ様の食事にゴミを入れてたの、皆知っているんだからね」
自身の悪事を公にされた侍女は、顔を青くして懇願する。
「お願い、誰にも言わないで!明日、やっと、カトリーナ様は屋敷を出られるのよ。ここまで無事に来れたんだから、私、死にたくない!!」
「じゃあ、明日はエレナ様のお世話お願いね」
面倒ごとを押し付けられた侍女は、がっくり項垂れて「わ、わかったわ……」と言って引き受けた。
殺されるくらいなら、エレナのサンドバッグに徹する方がマシだ。
現に、同僚たちの何人かは、すでにこの世を去っているのだから。
そして、誰もが待ち望んだカトリーナの旅立ちの日。カトリーナが馬車に乗って、伯爵邸を離れた後に、エレナの謹慎は解かれた。
やっと自由を手に入れたというのに、エレナの気分は最悪だった。
出ていく間際のカトリーナに、笑顔で煽られたからだ。
その時の事を嫌でも思いだし、エレナは「あああーーーー!!!!」と自室で一人、甲高い奇声を上げた。
怒りのまま、割れた窓―侍女達が仮で修繕した窓の方を向き、何も無い外を睨み付ける。
カトリーナが乗った馬車が、エレナの部屋の窓から見えた時の様子が、思い出された。
姉を乗せた馬車が、エレナの前をゆっくりと通り過ぎていく。
馬車の小さな窓から見えたカトリーナは、エレナに向かって手を振った。見たことの無い、希望に満ちた笑みを浮かべて。
初めて見るカトリーナの嬉しそうな笑顔に、エレナは悔しさと憎しみで、目の前が真っ白になるのを感じた。
―お姉さまが楽しそうにしているところなんて、見たくなかった!
エレナは腹を立てて、外のカトリーナに向かって物を投げた。
何を投げたのかは、覚えていない。
ただ、その投げた物で、エレナの部屋の窓は割れた。
その音に、慌てて来た侍女たちが止めるのも構わずに、エレナは手当たり次第に物を投げ続け、率先して邪魔をする侍女の顔を引っ叩いた。
もちろん投げた物は、ひとつも馬車には―カトリーナには届かない。
「馬鹿にすんじゃないわよ!!アンタなんて、アンタなんて、レーム学園で死んでしまえ!!!」
エレナの渾身の罵倒は、カトリーナには届いていなかった。
カトリーナは、エレナが暴れたのを見るのに飽きて、直ぐに目を離し、馬車も伯爵邸を離れて行ったからである。
「なによ、なんなのよ!!なんでこんなに苛立たせるのよーーー!!!」
エレナは、怒りが自分の中を駆け巡るのを感じ、叫んだ。
―お姉さまが、私よりも楽しそうなのが、気に入らない。
―お姉さまが、私よりも笑っているのが、気に入らない。
―お姉さまが、私よりも幸せになるなんて、気に入らない。
―あんなに惨めに生きていたお姉さまなんかが、私を馬鹿にするのが、許せない。
―あの人は、私の楽しいおもちゃだったのに。
―あれは、惨めで、気味の悪い化け物なのに。
エレナの脳裏に、最後に見たカトリーナの笑顔がこびり付く。その笑顔が、エレナの怒りを更に燃え上がらせた。
けれども、エレナにはカトリーナに仕返しをする術も、昔のような惨めな姿を見る事も出来ない。
カトリーナは、もうここには居ないのだから。
エレナがカトリーナと再開するのは、まだ先のお話。
その時がエレナの最期になるとは、この時のエレナも、カトリーナも、まだ知らなかった。
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