21.閑話~姉の笑顔が許せない妹の話~(3)
謹慎された初日は自分の境遇に納得がいかず、無理やり部屋を出て行った。
その時、買い物から戻ってきた姉とバッタリ鉢合わせた。
カトリーナは大きなカバンといくつもの紙袋を抱えており、とても満足そうに嬉しそうに笑っていた。
そして、姉はエレナの事など見えていないかの様に、そのまま通り過ぎようとした。
エレナはカトリーナの全てが、気に入らなかった。
「お姉さま、何を買ったの?見せて頂戴よ」
エレナが紙袋を奪い取ろうとすると、カトリーナから笑顔が消えて、氷の槍がエレナの目の前に突き刺さる。
伸ばした指先をかすり、中指に小さな痛みが走った。
「あ、あぁ……」
エレナは、その場にへたり込んだ。
カトリーナは、そんな妹を見向きもせずに「私の物に触らないで」と冷たい声で言い捨てて、自室に戻っていった。
姉は一度も振り向かなかった。
恐怖で震えるエレナの事など、少しの興味も無いみたいに。時間の無駄だとでもいう様に。
―なによ……なによなによなによ―!お姉さまのくせに、私を無視するなんて……!!
エレナは、今まで見下していたカトリーナに馬鹿にされた―相手にすらされないことに腹が立った。
「お姉さま!どうして無視するのですか!!私、悲しいです!」
エレナの嘘泣きに駆け付けたのは、母親だった。
母親は、エレナの傍に突き刺さっている氷の槍を目にすると、そこから引き離すかのように、エレナの腕を思い切り引っ張った。
「痛いわ、お母様。何するの?」
偽りの涙を流したまま、きょとんと首を傾げるエレナに、母親は、見たことの無い怖い顔で叫んだ。
「エレナ!また、あの子に近づいたの?どうして……どうして貴女はお母様の言う事が聞けないの!!」
大声で叫ぶように怒鳴られたエレナは、驚いて涙が止まった。
「どうして?どうしてって聞きたいのは私の方よ!!」
エレナも母親に負けないくらいに叫んだ。
「どうして、私だけこんな目に遭うのよ!今までだったら、お父様もお母様も、私がお姉さまに虐められたら、助けてくれて、慰めてくれたじゃない!!それなのに……それなのに、どうして私ばっかり怒られるのよ!!」
エレナの癇癪に、母親はヒステリックな声で言う。
「カトリーナには近づかないでって、いつも言っているでしょう!!あの子はその気になれば、いつでも私達を殺せるのよ!!お願いだから、もうカトリーナには関わらないで!!!」
「殺す」という言葉に、エレナは思わず吹き出してしまう。
―殺す?誰が?お姉さまが?私達を、殺す?……自分の服すらまともに持っていない、ろくに食べ物も貰えない、ヒョロガリのお姉さまが?
「お姉さまに誰かを殺す事なんて、出来るわけがな―」
「14人よ」
震える声で母親が言う。
「14人って、何が?」
何の事か分からず、苛々しながらエレナは母親に問う。母親は、少し躊躇いつつも、はっきりと答えた。
「カトリーナが、始末した平民の数よ」
―お姉さまが殺した人の人数?
エレナは、母親の言葉が、直ぐには理解できなかった。そんなエレナを抱きしめながら、母親は続ける。
「アンナ、ヘレン、スーザン……みんな貴女の専属の侍女達よね?彼女たちがどこに行ったか、知らないでしょう?」
母親が挙げた三人の侍女の顔が浮かぶ。
そういえば、最近見ていないような気がする。
「彼女たちは皆、カトリーナに殺されたわ。……あの子を殺そうとして」
「どうして?どうしてアンナたちは、お姉さまを殺そうとしたの?そんな怖い人たちなんて、居なくなったって構わないわ」
―それに……
「それに、私達は家族でしょ?平民なんかと違って、私達の事まで、殺すなんて無いよね?」
エレナの問いに、母親は曖昧に微笑むだけで答えはしなかった。
ただ「お部屋に戻りなさい。お父様に叱られますよ」と言って、優しくエレナの手をひいた。
エレナは再び、自室での謹慎生活に戻されたのだった。
エレナは知らなかった。
カトリーナを殺せと命じたのが、自分の両親だと。
そして、カトリーナがエレナたちを殺すことに、何の躊躇いも持って無い事を。
伯爵家の中で、エレナだけが知らなかった。
気が付きもせず、知ろうともしなかった。
そんな必要はエレナにはなかったし、両親も、そして、カトリーナも、わざわざ教える必要がなかったのだ。
両親は、大切な愛娘に血なまぐさい事実を隠すために、言いたくなかった。
カトリーナは……自分の視界にさえ入らなければ、エレナの事など、どうでも良かったからである。
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