20.閑話~姉の笑顔が許せない妹の話~(2)
全てが変わったのは、姉のカトリーナに泥まみれにされ、氷の槍で刺すと脅された、あの日からだった。
ここ数年、何を言われても何の反応も示さなくなっていたカトリーナが、魔法でエレナと侍女たちにやり返したのだ。
エレナは、初めて姉の事を怖いと思った。
両親や使用人から「化け物」と呼ばれているカトリーナの事を「弱い化け物」だと思って嘗めていたから、こんな形で反撃されるとは、夢にも思っていなかったのである。
エレナは気絶して、その後、何が起こったのかは知らない。
目を覚ますと、姉の部屋の前の壁に大きな穴が開き、姉の部屋の扉が新しくなったのを目にしただけだった。
その日以来、両親も使用人たちも、カトリーナを異常に怖がるようになった。
カトリーナも変わった。
今まで身を潜めるようにしていたのに、エレナが近づくと嫌そうな顔をしていたのに―
カトリーナは伯爵家で一番、堂々と屋敷を歩き回り、エレナや他の人間など存在していないかのように、目にもくれなかった。
カトリーナは元々、自分からエレナにも誰にも近づくことはしなかった。
だから、結果としてエレナがカトリーナと鉢合わせる事は、ほとんど無くなった。
エレナはそれが気に入らなかった。
少し前に怖い目に遭ったというのに、カトリーナが何もしてこないからこそ、エレナの中で、あの時に感じた姉への恐怖心は消えていったのだ。
怖いもの無しのエレナは、カトリーナに無実の罪を着せる遊びをしたかった。
けれども、それは出来なかった。
周囲が決して、エレナにカトリーナを近づかせないからだ。それは父親の命令だった。
「なんでよ、さっき私、お姉さまに虐められたのよ!」
「ええ、わかっています。けれど、どうか押さえてください。あの方が、次こそ何を仕出かすかわかりませんから」
お姉さまに虐められたなんて、もちろん嘘だ。
そもそも、近づくことすら出来ないのだから、虐められる訳が無い。
赤ん坊でもわかる嘘だったが、使用人たちはエレナの嘘を咎めはしない。
嘘か本当かなんて、この家では関係ないのだ。
愚かな大人たちは皆、エレナの味方だから。
今までと違うのは、誰もカトリーナに逆らえなくなった事だ。
カトリーナが偉そうに振舞う事も、そのせいで自分が押さえつけられる事も、エレナは気に入らない。
「みんな大げさなのよ。あのお姉さまが、私達に何かする訳ないじゃない。強がって脅しているだけよ」
物心ついた時から、家族に虐げられてきたお姉さま。
お姉さまはどんなに理不尽な目に合わせても、ただじっと耐えていた。
この前は、流石にやりすぎて怒らせてしまったけれど、あれ以来、何もして来ないのだから大丈夫なのに。
あんな人にビクビクしちゃってバカみたい。
そう口にしようものなら、母親は慌ててエレナの口を塞ぎ、カトリーナが居ないかを確認して「二度とそんなことを言うんじゃありません」と怖い顔をして言った。
エレナは両親に怒られたことなど、あの庭での一件より前は、一度もなかった。
叱られたエレナが涙を流すと、母親は慌てて謝るが「カトリーナには、絶対に関わってはいけません」と頑なに言った。
けれども、ずっと甘やかされて育ってきたエレナが言う事を聞くはずがない。
そして、とうとう父親に叩かれて、謹慎を言い渡されたのだった。
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