14.初めての船旅~令嬢を虐げた使用人たちの末路~
「カトリーナ・トレンス様ですね。お待ちしておりました」
呆けているカトリーナに、船員の男が声を掛ける。先程まで山奥に取り残されていたカトリーナが、突然船内に現れたというのに船員は特に驚いた様子もない。
「カトリーナ・トレンス様?」
「は、はい。そうです。遅れてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、時間内ですので遅れていませんよ。確認のため、入学案内をお見せ頂けますか?」
船員の指示にカトリーナは、旅行鞄のポケットから入学案内を出して船員に渡す。それを確認し終えると、船員はにこりと笑って入学案内を返した。
「はい、ありがとうございました。お部屋に案内いたします。付いてきてください」
船員の丁寧な対応と口調にカトリーナは落ち着かない気分だった。
伯爵家の令嬢でありながら使用人にすら見下されていたカトリーナにとって、仕事とはいえ、丁寧に扱われることに慣れていない。
丁寧な船員から、何故か丁寧でなかった伯爵家の使用人達の事が思い出される。
―まぁ、伯爵家の使用人たちが無礼者だったからこそ、ここ数か月は楽しかったけど。
カトリーナが仕返しをしていたのは、両親や妹だけではなかった。
過去に自分の頬を打った者、暴言を吐いた者、運んできた食事を目の前で落として片づけさせた者など、特にカトリーナ付きの侍女への報復は、決して手を緩めなかった。
彼女たちは皆、カトリーナの氷の刃によって、顔に隠せない程の傷をつけられた。
もう貴族への玉の輿どころか、まともな嫁の貰い手すら、無くなった事だろう。
彼女達に解雇を言い渡した時、元侍女たちは泣いて許しを請い、中にはクビにするくらいなら殺してくれという者もいた。
「殺してなんかやらないわ。一生その醜い顔で生きて行きなさい。そして、どうしてその傷がついたのか、ご家族にでも説明してやれば良いわ。自分が仕える伯爵令嬢を殴って、食事を与えなかったら、返り討ちに遭いましたって」
そもそも、どうして貴女が私に「殺せ」と指図しているの?
カトリーナがそう言って凄むと、その侍女は気を失い他の侍女達と一緒に伯爵家を放り出された。
カトリーナの指示で彼女たちを放り出したのは、他の使用人で侍女たちは彼、彼女たちを罵りながら出て行った。
「どうしてアンタたちだけ無事なのよ!アンタもカトリーナ様の服を泥に塗していたじゃない!」
「そんなことしていないわ!お嬢様、信じないでくださいね!私は―」
無駄な言い争いを始めた大人たちに、カトリーナは内心嗤いながらも口を出す。
「貴女は確か、エレナの嘘に合わせてお父様に嘘の証言をしていたわね。おかげで私は三日間飲まず食わずをの生活を強いられたわ」
「そ、それは別の人です。私じゃありません!」
「あら、その髪留めはその時の褒美でエレナに下賜された物じゃない?ずいぶん前にエレナが自慢して付けていたから、よく覚えているわ。貰ったのでないのなら、エレナから盗んだの?」
カトリーナの指摘に、その侍女は慌てて髪留めに手をやる。
「い、いえ!盗んでいません!!これは、エレナ様に、えっと、その・・・」
侍女はその先が言えずにいる。カトリーナの言った通り、髪留めはエレナの嘘の援護で言った、とっさの嘘の褒美だったからだ。
髪留めの侍女の様子を見て、カトリーナは自分の指摘が的を得ていた事を悟る。
―エレナからの褒美のくだりは、ハッタリだったけれど事実の様ね。あんな子ども向けの髪留め、高価だからって身につけても全く似合わないのに趣味が悪いわ。
怯える侍女に、カトリーナは嬉々として、更に追い打ちをかけた。
「だからって、貴女をクビにはしないわ。これから、死んだ方がマシだと思わせる予定だから、楽しみにしていてね」
その侍女は父親の命令でカトリーナを始末しに来たので、あっさりと居なくなってしまった。
カトリーナとしては少し残念な出来事だった。
その日以来、伯爵家の使用人はカトリーナから身を潜めて暮らすようになり、本来の使用人としての仕事に専念するようになったため、カトリーナの生活水準は自然に向上したのである。
「着きました。こちらがお部屋になります」
船員がある扉の前で止まる。
伯爵家の使用人たちとの「愉快な思い出」に浸っていたカトリーナは、船員にぶつかりそうになり、慌てて距離を取る。
―私、船に乗ってから浮足立っているわ。気を引き締めないと。伯爵家の記憶に思考を割いている場合じゃないわ。
カトリーナは船員にお礼を言って部屋に入る。
部屋の中は質素だが、目的地に着くまで休むには十分だ。
周囲を見回すカトリーナに、船員はにこやかな表情を浮かべて「良い船旅を」と言って扉を閉めた。
一人になった部屋の中でカトリーナは、大きく深呼吸をする。
今日初めて、気が抜けた瞬間だった。
旅行鞄を広げ、『はじめてのまほう』を手に取る。
この船にカトリーナを連れてきたページを探すが、見つからない。
―本当に一度きりの手助けだったのね。
カトリーナは、魔法書の背表紙を指でなぞる。
魔法書がなければ、カトリーナはこの船に乗ることは出来なかっただろう。
一息付けるようになって安心したのか、急に体が重く感じた。初めての長旅で疲れているようだ。眠くて仕方ない。
―レーム学園に着くまで読もうと思ったけれど、一度横になりましょう。
魔法書をしまってベッドに潜り込むと、そのまま意識が遠のいていく。
―そういえば、まだ海を見ていないわ。
その思考を最後に、カトリーナは深い眠りに落ちて行った。
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