13.閑話~親切な男の暇つぶし~
※今回は、第三者の場面です。
カトリーナが魔法書で姿を消した後、山奥に一人の男が現れた。
現れた魔法士の男は、誰も乗っていない馬車を確認すると、中に一枚のメモ紙を見つける。男はメモ紙を拾い上げて内容を確認すると、クスリと笑った。
―焦っていたようだけど、案外余裕だったのかもしれないね。これは将来に期待できそうだ。
「残念でした。御機嫌よう」そう書かれた紙を懐に入れる。
いつの間に書いたのか、カトリーナは暗殺者を仕向けた両親への捨て台詞を残していた。
―本当に良い性格をしている娘だ。変に罪悪感を持たなければ、きっと彼女は生きて卒業できるだろう。
次に男が目を向けたのは、地面に転がされたもう一人の男―カトリーナ殺害を引き受けた暗殺者だ。
男はカトリーナの処置のおかげで一命を取り留めていたが、起き上がる素振りはない。
―それにしても、何故カトリーナはこいつを助けたんだ?自分を襲ったやつに情けをかける繊細な子どもじゃないだろうに。
カトリーナは自身の保身を考えていたため、彼女の思いに答えた魔法書は男の蘇生を優先させたのだが、事情を知らない男にとっては、理解できない行動だった。
「何時まで気絶したフリをしているんだ?あの子はもう居ないよ」
男が話しかけると暗殺者はおそるおそる顔を上げ、目の前の人物を確認すると迷いなく立ちあがった。
「おい、お前!あのガキが魔法士だって知っていたんだろう!何故黙っていた!!」
暗殺者が魔法士に突っかかるが、まだ本調子でないのか身体がふらついている。
魔法士の男は暗殺者の肩を押し、相手を見下ろす。
「お前、あんな子どもにしてやられたというのに、まだ魔法を見くびっているな?」
魔法士の気迫に暗殺者は一瞬怯むが、馬鹿にされて怒りを露にする。
「はぁ!?お前がうちの組織のお荷物なのは事実だろう。お前は一つも依頼を受けないじゃないか!!どうせ大した魔法も使え―」
暗殺者は最後まで言葉を続けられなかった。
魔法士が水魔法で男を閉じ込めたからだ。
先程、カトリーナが繰り出した水球の魔法と似た魔法。
「俺は下っ端のお前と違ってね、別の任務があるんだ。だから、こんなお使いみたいな仕事に時間を割く時間なんてないんだよ」
魔法士は苦しみもがく男になおも説明する。
「お前が引き受けた依頼は、俺の任務の邪魔になったから止めにきただけ。まぁ、俺の出る幕なんて無かったけど」
カトリーナ・トレンス。
今まで存在を隠されていたトレンス伯爵家の長女。
魔法の才を持った人間が生まれない貴族の家などノーマークだったが、思わぬ所に才能が眠っていた。彼女はきっと、優秀な魔法士に育つだろう。
無事に生き残ったらの話だが。
「それにお前は俺の金を盗み、全て酒につぎ込んでくれたねぇ。そんな奴に何故、危険を知らせる必要があるんだ?おかげで俺は無一文・・・死んで詫びてくれ」
魔法士の男が拳を握ると、水球の中で暗殺者がぐしゃりと潰れて息絶える。水圧で潰された男は肉塊となり果てて、水と共に地面に落ちた。
放って置いて数日もすれば、彼だった物は跡形もなく土に還るだろう。
「まぁ、無一文なのは嘘だけどねぇ」
魔法士は一人歪に笑った。
盗まれたお金については、上司に報告して少なくない額は貰っている。使えない人間の後始末に対する報酬も含めて。
―さて、ついでに伯爵家の興でも覚ましにいくかな。
魔法士はその場で両腕を伸ばし、伸びの仕草をした。
彼の両腕が下りた瞬間、魔法士の姿は一変する。
先程までの白髪交じりの長髪は短く切りそろえられ、顔を覆うほどの髭は、すっかり無くなっていた。
そして、薄汚れていた服装は、町の衛兵の制服姿になっていたのである。
―とりあえず人目を避けた場所に馬車ごと転移して・・・いや、久しぶりに馬車に乗らせてもらうかな。夜も更けたことだし、のんびり向かったら明日の朝には着くだろう。
厄介者の娘を始末できたと喜んでいる者たちが、どんな顔をするのか楽しみにしつつ、魔法士は馬車に乗り込む。
魔法士にとっての暇つぶしが、これから始まろうとしていた。
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