123.忍び寄る歌声
カトリーナはふと、目を覚ました。
まだ月明かりが海を照らす時間。起きるには早すぎるが、何だか異様に目が冴えてしまった。
―明日の事が心配で、起きちゃったのかしら。
他人事の様に思うカトリーナだが、内心、それが不安なのは自覚していた。
隣で寝息を立てている可愛らしい王女様を、明日こそは何としても、海に帰さねばならない。棲み処から逃げてきたらしい王女様をどうしたら、その気にさせられるだろう。
―今日一日は、イヴ先輩のおかげで王女様も嬉しそうだったわ。私も普通の観光に来られたみたいで楽しかったし。
レーム学園入学以来ホルムクレンに滞在しているが、外出は殆どした事が無い。そのため、カトリーナは初めて公国の街並みを眺め、様々なお店を楽しみ、精霊や魔女ゆかりの観光名所を見て回った。
―手紙にも書いたけれど、エルやエステル姉妹とも来たいわ。今度は私が案内しなくちゃ。
そのためには、海の精霊王に何とか機嫌を直してもらわなければならない。
―今日の事を思い出に、納得して帰ってもらえればいいのだけれど。それか、また会う約束をしていいなら、それが果たせるなら、それが良いのだけれど……。
最初は恐怖の対象だった海の王女様は、今やエルやエステル姉妹のように大切な存在だった。それに陸での姿はとても小さく、純粋にカトリーナを慕う唯の幼子のように錯覚させた。まるで昔からそうだったかのように。
彼女がたったひとりの本当の妹だったら良いのにと思ってしまう程にカトリーナは絆されてしまった。
―いけないわ。私が離れがたくなってどうするの。
良くない感情を振り払う様に、静かに頭を振ると、海の王女様が眠ったまま何かうにゃうにゃと口を動かすのが聞こえた。
「そのけーきはあたしのよ……」
今日、街でお茶をした夢でも見ているのだろうか。
楽しかったのは事実なようでホッとする。
―やっぱり、明日でお別れなのは、きっと王女様も寂しがって帰りたがらないわ。自由に……は無理でも、また陸に来られる約束が許されれば、きっと上手くいく。
上手くいって欲しいという期待を込めつつも、安心は得られなかった。
イヴから、海の精霊と人間の関係はあまり良好とは言えないと聞いているからだ。
―口先だけの約束はしたくないわ。それこそ裏切りだし、無礼だもの。でも、他に方法が思いつかないし……。
そもそも、どうして海の精霊と仲が悪いのだろう?
海の囲まれたホルムクレンにとって、何よりも密接な関係のはずなのに。
―物知りなエイミーなら、ホルムクレンと精霊の歴史も知っているかしら?
分からない事はエイミーに聞く癖が付きつつあるカトリーナに、彼女の顔が浮かんだが、こんな夜更けに手紙は飛ばせない。
―早くこの方法を思いついていれば、イヴ先輩に相談出来たのに。私ってどうしてこう、後から後から色々と思いつくのかしら?
後悔しても、今は誰もが寝静まっている。朝が来るのを待つしかない。
わかっていても、頭の中は後悔と先の不安が駆け回って落ちつかなかった。
そんなとき―
~♪~~♪~~~
幽かに、歌の様な音が聞こえてきた。
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