122.ホルムクレンの海~海と民と精霊の昔話~
遠い遠い大昔―
ホルムクレンと云う土地に強大な魔法王国が栄えた、今や古代と呼ばれる時代。
民は海の怒りを買った。
風に攫われて陸に上がり迷った3人の海の王女様を手にかけたのである。
1人目の王女様は、貧しい漁師に食された。
貧しさゆえに、何日も食べていなかった男には、浜辺に横たわった美しい王女様が、食べ応えのある美味しそうな大魚に見えたのである。
王女様で腹を満たした男は海王の怒りを買い、生きたまま海の底に繋がれている。男が食らった王女様は海の生命を司る精霊であった。その方の血肉を口にした男に、死が訪れる事は無い。男は長い年月が経った今も、呼吸すら許されない海の底で、苦しみもがいている。
2人目の王女様は、魔塔の魔法使いに拾われた。
ホルムクレン魔法王国で唯一、当時の王家すらも無下にできない魔力と権力を持っていた魔塔は、研究の為ならどんなに非常な実験も行う邪悪な―闇魔法使いの集まりだという記述が残っている。
精霊が持つ不滅の魂を研究するため、闇の魔法使い達は王女様を生きたまま解剖し、鱗や髪の毛を毟り取り、生き血を啜った。王女様を助けに来た者共が目にしたのは、かの麗しき姫君では無く、血と糞尿に塗れ、血肉を抉られ苦悶の表情で事切れていた―哀れな遺体だった。
闇の魔法使い達は国王の命令で捕らえられ、海に放り投げられた。怒りと憎悪に染まった海王の元に送られた彼らの行く末は、残されていない。
闇魔法に対する差別は、この悲劇もきっかけの一つではないかと、現在の研究家たちは考察している。蛇足であるが、至る所に書き記されている魔塔の存在を否定するかのように、魔塔の痕跡は一切発見されていない。
3人目の王女様は、裕福な商人に拾われた。
王女様の神秘的な美しさに魅了された男の商人は、王女様を甲斐甲斐しく世話をし、片時も傍を離れなかった。
誰の目にも触れさせたくなかったので、商人は家族が王女様に近づくことも、王女様の事を外に口外する事を禁じた。それが面白くない商人の妻は夫の目を盗み、猟奇的な伯爵の元に王女様を高値で売り飛ばした。
伯爵は王女様を鎖で縛り、屋敷で最も高い位置にある部屋に閉じ込めた。
そこで行われた行為は、(規制済み)―伯爵は自身のあらゆる欲を王女様に強制したのだった。
(中略)
3人目の王女様だけが、海に帰ることが出来た。
海の王は大事な娘を2人も失い悲しみに暮れたが、一人でも戻ってきた事をとても嬉しく思った。そして、たった一人になってしまった娘の事を、大事に大事に壊れ物を扱うかのように気遣った。
めでたしめでたし―とはならない。
伯爵をはじめとして多くの人間に傷つけられ、見世物にされ続けた王女様は生来の明るさを失い、小さな泡音にすら怯えてしまう程に、身も心もすり減っていた。
こんなにも傷つき苦しむ娘を見て、海の王は人間との決別を選んだ。
海の王は海面から姿を現し、拳を天に向かって掲げた。
穏やかだった波は風も無いのに荒れ狂い、ホルムクレンの民は海に出る事が出来なくなった。当然、魚は一匹も取れない。民は陸に残った食べ物を奪い合い、ある者は殺され、ある者は飢え死んだ。
商売の為に海を渡っていた商人や船乗り達は、二度とホルムクレンの地を踏むことなく、故郷を恋しがりながら、外国の地に埋まった。
交易を絶たれた古代ホルムクレン魔法王国は、人々にとっては残酷なほど緩やかに時間を掛けて衰退していったとみられる。休むことなく荒れる海と、過去の栄光時代に貼られた結界も手伝って、周辺諸国らは、強国の滅亡を確信できないまま、時が過ぎていった。
荒波と結界に閉じ込められたホルムクレン島の事を王国と呼ぶ者は居なくなり、いつしか誰も見た事の無いその地の事を「未踏の地」を呼ぶようになった。
この未踏の地を再び人間が目にし新たな民の歴史を始めるには、長い年月とホルムクレンの魔女レム(ヴィオラ=レム=フォルカー)の存在を待たねばならない。
『ホルムクレン島史 第3章 精霊の怒りと王国の滅亡』より
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