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121.公爵邸での密談(2)


 カトリーナの疑問には答えずに、イヴは両手で顔をおおった。そして、震える声で許しを請う様に言葉を紡ぐ。


「貴女の言う様に、こんな事、話すべきじゃなかった。僕だって、最初は言わないつもりだったんだ。公爵も所詮は人間だ。万能じゃない。間違えることだってあるって。間違った命令には従わないって決めてたんだ。けど……」


 数日前、イヴ宛てに公爵から伝達が届いた。手紙に記された指示を、イヴは未だに受け入れられなかった。そして、昨夜、決行のめいを下す伝達が新たに届いたのだ。


「先日、ある国から……ありえない要求が届いたんだ。内容は言えないんだけれど、公爵家としては、到底受け入れられない要求だった。勿論、お父様は断ったよ」


 そしたら―


 せきを切ったようにイヴは話し続ける。


「その国は戦意に満ちた船を何隻も公国に差し向けた。結果、海の大渦に巻き込まれて退いたけどね。巻き込まれた船がどうなったかは知らない。向こうも戦いを仕掛ける前に退却を余儀なくされた事は他国に知られたくないだろうからね。こちらには何も言わなかったよ」


 全くもって、精霊さまさまだ。自嘲気味にイヴはわらう。


「わかるかい、カトリーナ。今回は運が良かっただけなんだ。たまたま精霊達が気まぐれで敵船を巻き込んだんだよ。これが、どんなに恐ろしいか、わかるかい?」


 問いかけながらも、イヴは返答など求めていない様だった。一人追いつめられたように不気味に笑う姿が、痛々しくて恐ろしい。


「ゾッとしたよ。海の王が落ち着いたと思ったら、次は侵略だなんて―ホルムクレンは安全じゃない。早く、元の平穏を取り戻さないといけないんだ」


「今すぐ逃げろ」と言う様に脳内がせわしなくうずいている。従いたいのは山々だが、今更どこに逃げられるだろう。そもそも、足がピクリとも動かせない。魔法なんて掛けられていないのに。


「貴女は海の王女様が心を開いた唯一の人。他に変わりは居ない。貴女の為なら王女様は、きっと海に帰るはずだ。……本当にごめん。必ず助けに行くから。だから―」


 不穏な事を言いかけたイヴが、急に驚いた顔をして口をつぐんだのを最後に、カトリーナの意識は途切れた。






「カトリーナ、おきて。はやく行きましょう」


 誰かに揺り起こされて、ゆっくりと目を開けると、変装した海の王女様がいた。


 にこにこして「お寝ぼうさん」と言われて、ハッと覚醒する。王女様を待っている内に、眠ってしまったようだ。


 慌てて起き上がると、席を外していたのか、丁度戻って来たイヴと目が合う。


「すみません、イヴ先輩。居眠りなんて……」

「……気にしないで。身体は平気?」

「はい、問題ないです」


 恥ずかしくて顔が熱くなる。ソファで横になって熟睡なんて。しかも公爵邸の。


―いつの間に眠っちゃったのかしら?淑女としていけないわ。


 そういえば、イヴと何か話していたような気がする。唯の世間話だと思うのだけど、内容が1つも思い出せない。思い出そうとすると、どことなく頭の中にもやが掛かっているみたいな感覚だ。寝起きではっきりしていないのかもしれない。


―しっかりしなくちゃ。今日一日、王女様に自由を満喫してもらって、海に帰るよう説得しないと。


 気持ちを切り替えたカトリーナは、海の王女様に手を引かれて外へ向かう。


 ご機嫌な王女様は


「まずはお買いものよ。イヴが案内してくれるって!」


 と、無邪気に言って、カトリーナと共に馬車へと乗り込んだ。



----------------------------------------




 手紙を読み終えたイヴは、次期統治者としての覚悟を決めかねていた。


 現統治者である父の命令は以下の通りだった。


『海の精霊王トリスタンの娘の愛し子を海に差し出す。この事は当人含め、誰にも口外してはならない』


 公爵は、公国と公国の海の平和を一早く取り戻すために、カトリーナを海に捧げる事を決めた。「愛し子」などと、今では使われていない大層な呼び方をして。


―馬鹿げてる。王女が陸に上がってからの数か月、何もしていないくせに。


 カトリーナが昏睡状態の間、イヴは何度も父親に問題解決のための会議を開くべきだと進言し続けていた。けれども、公爵は耳を貸さなかった。


 海の異変には、全教員を呼び出して学校を放り出させたくせに、何故今回は召集を渋るのか。


―そもそも「愛し子」なんて古い言葉、魔法嫌いの父上が知っているはずない。


 きっと入れ知恵だ。昔からフォルカー公爵家にご執心な奴の。


―何よりも、生徒を……カトリーナを犠牲になんてさせられない。


 イヴはカトリーナを気に入っている。恋愛感情ではなく、単に良い子だな、好きだなと思っていた。魔法士の卵にして非常に優秀な実力者で、実家を嫌っているようだから、彼女さえよければ公爵家専属の魔法士として、召し抱えても良いとすら思っていた。


 こんな安直かつ残酷な手段として消費されるべき人ではない。


―海の王女が自分で帰ってくれたら、全部無かったことになるのに。


 祈りに近い気持ちで迎えた朝は、最悪のものとなった。地団太を踏んで騒ぐ王女に、苛立ちが募る。今日の夜までに解決しないと、カトリーナを見捨てることになるのだ。


 何も知らないカトリーナがあやす様にして王女様を宥める。彼女はどことなく、海の王女様の肩を持つのだ。帰るように説得してくれと言っているのに。かといって、他に策は浮かばない。


―もう、従うしかないのか。公爵の命令に。


 カトリーナを、将来有望な後輩を、海にいざなうしか。


 頭から爪先まで、だんだんと冷えていく感じがする。これからイヴは、手を汚さねばならない。国と民を守るために、一人の少女を海に沈めないといけない。






「……本当にごめん。必ず助けに行くから。だから―」


 責任と罪悪感で不安定なイヴが、何もかもをカトリーナに話し終えようとした瞬間―


「いけませんねぇ。公子」


 公爵邸にノレッジ校長が現れた。ソファに座るカトリーナの真後ろに立つ彼は、彼女の頭をわし掴む。掴まれたカトリーナは何の反応も示さずに、横に倒れ込んだ。


「カトリーナ!!」


 慌てて駆け寄るイヴに、校長はのんびりとした口調で言う。


「心配ありません。少しだけ記憶に手を加えただけですから。直ぐに目を覚ましますよ……それにしても公子」


 ノレッジ校長がたしなめるような視線を向ける。


「ちゃんと伝達を読まなかったのですか?誰にも言ってはいけないと、陛下が仰ったでしょう」

「こんなの間違ってる。この子を犠牲にする意味なんて無い」

「犠牲って大げさな。何も死ぬわけじゃ無いんですから」


 イヴの怒りに、校長が可笑しそうに笑った。


「海の王女様がお気に召したんです。帰りたくないというほど。精霊姫に愛される人間なんて、滅多にいませんよ」

「王女は一度も、カトリーナを連れて行きたいなんて言ってないよ。むしろ逆だ。何を言っても帰らないと言い張るから困っている」

「こちらから差し出せば喜んで連れて帰るでしょう。そうしたら海の王の怒りも静まり、問題は解決。カトリーナさんにとっても名誉な事ですよ。あんなに懐かれているんですから。きっと海で幸せに―」

「カトリーナにとって喜ばしい事なら何故、本人に伝えない?」

「サプライズですよ」

「ふざけた事を―」


「ふざけてなんていませんよ」


 急に真顔になって、校長はイヴを見据える。


「公子―いえ、殿下。貴方こそご自身の立場に誇りを持ってください。貴方はレム様直系の子孫であり、魔法の才もある。美しい銀髪も」


 ホルムクレンの魔女は、銀髪の美しい女性だったと言い伝えられている。父も、祖父も鮮やかな赤髪だ。イヴだけが銀の髪と、魔法の才を持って生まれた。


「貴方はレム様のように、この土地に更なる繫栄をもたらすでしょう」


 ノレッジ校長に恍惚こうこつとした表情で見つめられ、寒気がする。幼い頃からイヴは、そんな目を自分に向ける校長の事が好きでは無かった。


「しかし、今の貴方は未熟であり、現公爵は貴方の父君です。陛下は、欠片ほどの魔力すらお持ちではありませんが、統治者としての判断は間違っていない。常に公国の被害を最小限で済ますご決断をなさるのですから」


 校長の言い草が、イヴのかんさわる。


「被害の最小限?」

「ええ。精霊による事故いたずらに、他国からの侵略。更には海王からの警告すらも。これらがたった一人を差し出すだけで終わるんです。一目瞭然でしょう」


 それとも―


「貴方は民を危険に晒してでも、陛下のご意思に背くのですか?」


 ノレッジ校長の言葉に、下唇を噛む。背く気概はあるが、そのための代案がイヴには無い。


「公子。貴方が苦しむ必要はありません。貴方の役目は愛し子をステラ・マリナに滞在させること。ただそれだけです。後は成り行きに任せるのみ……カトリーナさんに喋った事は、陛下には黙っておきます。彼女は、何も聞いていないのですから」


 それでは、と言って校長は姿を消す。

 応接間にはイヴとカトリーナだけが残された。


―なにやってるんだろう。僕は。


 眠るように横たわるカトリーナを、イヴは惨めな気持ちで見下ろす。王女の説得も出来ず、他の考えも浮かばず、高貴な身分としての責任を果たす覚悟も未だに出来ない。それでいて、勝手に生贄(愛し子)にされたカトリーナに全てぶち撒けるなんて。


―全てを明かして、僕はカトリーナに何を求めてたんだろう。


 話し続けている間、彼女はずっと困った顔をしていたのに。内容もだけれど、おそらくイヴに何の意図があってこの話を始めたのかが、わからなったのだろう。わからなくて当然だ。イヴ自身がわからないのだから。


―ここがレーム学園だったら良かったのに。そうしたら、僕は、私は……。




お読み頂きありがとうございます。

前回から長期間空いてしまい、申し訳ありません。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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