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119.ステラ・マリナ


「おいでなさい、カトリーナ!すごくいい景色!!」


 馬車が止まって直ぐに駆け出した海の王女様が、歓声を上げた。セーラー仕様の白いえりが映える紺色のシャツと、それに合わせた色のスカートを風が撫でつけている。夕暮れの空で陰りを帯びた姿は、一枚絵にして飾りたいほどで、陰りとは対照に無邪気に喜ぶ顔は一見、可愛らしいだけの少女に見える。


 呼ばれたカトリーナも馬車から降りようとすると、先に降りていたイヴが手を差し出す。


「お手をどうぞ」


 エスコートだ。ここに来るまでにも何度かあって、するりと差し出された手を取る。初めは慣れない「ご令嬢扱い」に緊張したが、流石にもう慣れた。

 

 カトリーナが降りると、馬車は停車場に向かって動き出す。街中の時と同じく、人通りの少ない場所のため、誰もカトリーナ達を気にしない。気にしないどころか、今は他に人の姿は無かった。


「カトリーナー、はーやーくー」


 王女様がこちらに手を振っていた。今の王女様は姿変え魔法で、昨日からの姿とは異なっている。


 本来の髪色である深いエメラルドグリーンは、苦いコーヒーの様なブラウンに。瞳の色は夏草を思わせる豊かな緑色。透き通るように白かった肌は、小麦色を薄くしたようで温かみを感じさせた。顔立ちは元よりも更に甘く、加護欲を誘う様な愛らしさだ。


 どんな見た目が変わっても、海の王女様と愛らしさは切っても切り離せないらしい。最も、一番隠したかった神秘的な精霊然としたオーラは隠れているので、魔法は大成功である。


 草の中に咲く白い花を踏まない様に気を付けつつ、王女様の呼びかけに答えて、カトリーナも駆け出す。普段はこんな風に走りはしないが、今は特別だ。イヴも含めて、ここに貴族は居ない()()なのだから。


「ほら、すごいでしょう!」


 王女様の元に着くと、視界いっぱいに空と海が広がっていた。カトリーナは「いい眺めね」と微笑みつつも、少し意外に思った。王女様がはしゃぐほどの景色には、思えなかったからだ。


―たしかに綺麗で空気も澄んでて、良い所だけど凄いかと言われると……


 よくある良い景色に、王女様はにこにこして話す。

 

「アタシね、こんなに高いところからの景色はじめて!」

「そういえば……そうね。たしかに」


 海からは、いつだって見上げるもの。真っすぐ見たって、下を覗いたって、見えるものは海、海、海。カトリーナからすれば、その方が珍しいのだが、海の王女様からすれば、逆の方が珍しいのは自然な事だ。


「あまり崖の淵には行かない様に。落ちたら無事では済まないよ」


 後から歩いて来たイヴが忠告する。出かける前とは違って、とても穏やかな声だ。


 イヴも姿変え魔法で髪色は赤みがかったブラウンに変わり、認識阻害効果の付与された眼鏡めがねを掛けている。夕暮れ時の光と合わさって、今の王女様とは対照的に明るく見えた。


「わかってるわ」


 王女様も、出かける前とは別人の様に素直な返事。


「イヴも見て、いいながめでしょ」


 ご機嫌な王女様がイヴの手を引くと、されるがままイヴは「そうだね」と微笑んだ。その顔には、魔法で鼻を中心にそばかすが散りばめられているが、美しさは健在だ。イヴと美しさも切り離せないものなのだと、カトリーナはひとり納得した。


―出かける前はどうなる事かと思ったけれど。二人が仲良くしてくれて良かったわ。


 朝食後、直ぐに言い争いになった二人とは思えない程。そして、カトリーナにとっては絶景を背景にして、好みの顔が微笑みあう光景(目の保養)で胸が一杯だった。


ズキン……


 突然、こめかみに鈍い痛みが走った。が、痛みは直ぐに消えて、本当に痛かったのか不思議に思えるほどだった。


―?


「暗くなる前に、中に入ろう。ほら、あそこに見えるだろう?あれが今日泊る所だよ」


 いつの間にかイヴが目の前まで来ていた。彼が指差す方角に、可愛らしい濃いグレーの屋根が見える。宿屋と言うには、立派過ぎるお屋敷だ。


何も言えずにいると、海の王女様が「どうかしたの?」とカトリーナの顔を覗き込むように見上げる。


「何でもないわ。楽しみ過ぎて、少し疲れたのかも」

「ははは、じゃあ、早速行こうか」


 先に進むイヴの後を、王女様と手を繋いで付いて行った。




 昼間は観光地で買い物や食事を楽しんだカトリーナ達が向かったのは、ステラ・マリナというリゾートだ。


「星の海」と呼ばれるこの地は、その名の通り海の綺麗な場所だが、大昔の遺跡や伝説などが残るロマンあふれる土地。少し馬車を走らせた距離にある賑やかな街に比べてひっそりとしていて、海から背を向けると長閑のどかな田舎風の景色が広がっている。


 一言で言えば、お忍びでのお出かけにうってつけの穴場だった。


 馬車に揺られている際は、海が近づくに連れて王女様が機嫌を損ねないか不安だったが、街でのイヴの観光ガイドで、すっかり満喫した王女様は、彼の勧める場所はどれも良い所だと信じ切っていた為、心配無用だった。




―もうすぐ楽しい時間が終わる。


 カトリーナは気持ちを顔に出さずに、戻って来た王女様と手を繋いで先導するイヴに付いて行く。


「ここの料理は新鮮な海鮮レシピも豊富だが、山菜も多く採れるんだよ。今の時期なら、素材を活かした素揚げやソテーが美味しいみたいだよ」

「さんさいってなあに?」

「山で取れるお野菜の事よ」


 野菜と聞いて、海の王女様は「やさいかぁ」と少し残念そうにする。


「スイーツはないの?」

「食後には極上のミルクアイスが出るよ」

「やったぁ!」


 アイスと聞いて喜ぶ王女様が駆け出し、手を繋いだままのカトリーナも一緒にイヴを追い抜いた。


「はやくいこう」


 嬉しそうに宿泊先を目指す王女様の背中を見て、カトリーナは胸が傷んだ。


―夕食を食べて眠ったら、王女様を海に連れて行かないといけない。


 その為にここ、ステラ・マリナが選ばれたのだから。


 ズキン……

 

 先程と同じ痛みが走り、空いている手で押さえるも、痛みはすぐに消えた。


―?私ったら、寂しいのかしら?


 だとしたら、どうして痛むのが頭なんだろう。




お読みいただきありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。

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