117.閑話~一方のレーム学園では~
今回はエイミー視点です。
「カトリーナ様、どうされたのかしら…」
姉のデイジーが視線を落とす。その先には3人分のティーカップと細やかなお菓子達。ここには私達双子とその精霊しか居ない。
精霊のフィオーレとルーチェは、テーブルにあるお菓子を仲良く分けていた。今日居るはずの食いしん坊の分も、ちゃんと残してある。
花の精霊フィオーレは主と同じく、仲良しのプレオをキョロキョロと探して、やっぱり居ないと確認すると、じっとプレオのお菓子を見つめていた。光の精霊ルーチェは、無心にお菓子を咀嚼する。たまにプレオの分に手を出そうとしては、手の様な蔓で押し止めるフィオーレに制されていた。
―属性は違うのに、本当の姉妹みたい。主に似るって本当なんだ。
精霊達の様子を見つめる私を余所に、姉は独りでに話し続ける。
「校長先生からの呼び出しって、すごく良い事か、すごく悪い事よね」
妹である私―エイミーの返答があろうと無かろうと、デイジーは全く気にしない。2人だけの時は。思考を巡らせる時に黙り込んでしまうのは、私の悪い癖だ。治る兆しも、治す気も無いのだけれど。
そんな私が自分の話を無視している訳じゃない事を、優しい半身は理解している。だから、私はデイジーが好きだ。姉の方は、社交場でもだんまりな私を疎ましく思っているけれど。
―すごく良い事と、すごく悪い事…。
姉の言葉を反芻しながら、私は唯一の友人を思い浮かべる。
―カトリーナなら、怒られる事は無いと思うけど。
黙ったまま考え込み、温くなったティーカップを口に運ぶ。
―でも、良い事でもない気がする…。
そう思う根拠は特に無い。強いて言えば勘だ。そして、私の勘は嫌な事に関して、よく当たる。
「良い事なら、戻って来た時にお祝いしなくちゃね」
姉の言葉に、私は頷く。
相槌くらいは打てるのだ。
私はふと、一冊の本を手に取り、背表紙を指でなぞる。今日、カトリーナに勧めようとしていた物語だ。こんな私を、何の見返りも無しに友達と呼ぶ、風変わりで可愛らしい女の子。
―お父様にお願いして送ってもらった本……ようやく届いたのに。
カトリーナが好きな作家の本。実家に数冊あるから送ってもらうと言うと、友人はとても喜んでくれたのだ。
―明日渡せばいいか。本は逃げないし。
けれども、次の日もカトリーナには渡せなかった。それどころか、レーム学園にすら居ないと知って、私も姉も驚くことになったのだ。
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「カトリーナは、フォルカー公爵家に居るんだって」
翌朝、教室でラトリエルが教えてくれた。伝書魔法で飛ばされてきたらしい手紙を、私達に見せる。
「カトリーナ様からですか?私達も見て良いのです?」
デイジーが嬉しそうに聞くと、ラトリエルは頷いて
「カトリーナからの部分もあるけど、送り主は公爵家だよ。君達へのメッセージもあるから、見てあげてよ」
と言った。デイジーが「では遠慮なく」と手紙を受けとり、私にも見えるように広げる。公爵家からと聞いた姉が、少しがっかりしたのを知るのは私だけだろう。
姉曰く、カトリーナとラトリエルは「両片想い」なのだそうだ。姉がよく読む恋愛小説に出てくる、私には意味の分からない関係。友人二人が結ばれるまでを見守るのが、今のデイジーの関心事だ。
―両想いなら、直ぐに付き合っちゃえば良いのに……。お姉様が怒るから言わないけど。
手紙の内容を見るに、どうやらカトリーナは厄介事に巻き込まれたらしい。
―少し前まで寝込んでいたのに、次は公爵家からのご依頼なんて。……実質、拒否権なんて無いじゃない。優秀でも、カトリーナはただの生徒なのに。
カトリーナが持ち前の魔力量で、なにやら凄い魔法で大火事を消した事はレーム学園内で密やかに有名になっていた。現に、数か月の遅れなんて無かったかのように、授業でも優秀な成績を修めている。特に実践魔法の腕前は、私達一年生の中でトップだろう。
―せっかくまた、授業に出られるようになったのに。こんなのあんまりだわ。
勉強熱心なカトリーナが、毎回の授業を楽しみにしているのを私は、いや私達は知っている。公爵やノレッジ校長でも解決できない問題に、どうしてカトリーナばかりが、時間を犠牲にしなければならないのだろう。
「国の一大事に、しかも生徒を巻き込むなんて、どうかしてるよ。火事の件で被害者なのは、カトリ―トレンス嬢なんだから、責任なんて無いのに!」
ラトリエルも同じ理由で憤っていた。デイジーも納得いかないと言う様に眉を顰める。
「精霊についてなら、スローン先生の方が適任じゃないかしら?先生も昨日から、聖地にはいらっしゃらないみたいだし、この件で出かけているのでは?」
デイジーが首を傾げて言うも、ラトリエルは「確かにそうかもしれないけど……」と言いかけて、結局、黙り込んだ。
―スローン先生を精霊王に会わせたら、何をするか分からない……。
初めての授業でスローン先生が青龍を怒らせて、窓が全壊した事は一生忘れないだろう。精霊への愛はあっても、常識があるとは言えないのがスローン先生だ。
デイジーもその事が思い当たったのか、それ以上スローン先生の話には触れなかった。
「あ、ここはカトリーナ様が書かれたみたいですよ」
話題を逸らす様に、再び姉が手紙に目を向ける。
堅苦しい文面の後に、見慣れた字で
〈デイジーとエイミーへ お茶会を途中で放り出してごめんなさい。お土産に街でおいしいお菓子を見つけて来るわ。公子様の計らいで、王女様と街の散策に行くの。いつかハスティー卿も一緒に皆で行けたら良いわね。戻ったらもう一度、お茶会を開きましょう カトリーナ〉
と、書かれていた。
―公国の街並み……。そういえば私達って、ホルムクレンに長く居るのに、学外に出た事は殆ど無いわ。
小さな島全体が国であるホルムクレンは、海に囲まれ、豊かな森にも恵まれている。それでありながら、魔法等の最新技術を生み出す国としても有名で、首都トルケは古代の歴史の面影と最新流行が程よく入り交じる独特の都市―らしい。
これらは本で得た知識で、実際に訪れたことは無い。どんな所なのだろう。手紙を読んだ時は、カトリーナに大役を押し付けた大人達に憤りを覚えたが、ちょっとだけカトリーナが羨ましい。
―カトリーナの言う様に、いつか訪れてみたいわ。この4人で。
姉のデイジーも似た感想を持ったようで、声を弾ませた。
「精霊姫のお相手で大変みたいですけど、楽しそうな事もあって良かったわ。ホルムクレンは観光名所も多いみたいですし」
デイジーの言葉に私は頷く。
海精霊のお世話なら、海に近い所だろうか?私達がいつも降りるような港だったら味気ない。きっとビダーヤ付近とかじゃないだろうか?ホルムクレンの魔女が初めて島に足を踏み入れた地域。
探索への想像が膨らむ中、ふとラトリエルの方を見て、一気に楽しい想像が吹き飛んでしまった。彼はデイジーから返された手紙を、険しい顔で睨んでいたのだ。
私と目が合った時、ラトリエルは、直ぐにいつもの様子に戻ったが、あの険しい顔は決して見間違いではない。
―どこか気に障ったのかしら?カトリーナの文の宛名がハスティー卿じゃなかったから?でも、そんな事で怒るものかしら?
カトリーナとハスティー卿は両片想いである―らしい。恋愛的な何かがあるのだろうか?
―お姉様ならわかるかしら?でも、勘違いだったら悪いし……。
恋愛に疎い私には、お手上げだった。
お読みいただきありがとうございます。次回も読んで貰えると嬉しいです。
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