表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/124

115.知らなかった大事件(2)


「宣戦布告……」


 聞いた言葉をそのまま口に出す。まるで初めて聞く言葉の様に。口にする事で、自分のした事の大きさに眩暈めまいがした。


「わ、私は、自分の身を守っただけよ」


 カトリーナは自分を正当化する理由を探した。これはレーム学園で生き残るのに必要な処世術しょせいじゅつだった。大嫌いなアザミが生きて聖地を追放された事で、皮肉にもそれが証明されている。


―ここが、レーム学園じゃなくて良かった。


 小刻みに身体が震える。身の危険を回避する為に、精霊を敵に回した事実をカトリーナは受け入れたくなかった。しかも、海の精霊王は、カトリーナだけを標的にはしないだろう。()()に宣戦布告をしたのだから。


―レーム学園に居たら、私はジゼルの二の舞だわ。それも、ジゼルなんかよりも重い罪悪感で。



「ちょっと小童こわっぱ!カトリーナをいじめるんじゃないわよ!!」


 人魚―カトリーナが「さらった」海の王女様が声を上げる。王女様はカトリーナに抱き着いて


「こわがらなくていいのよ」


 と、宥める様に微笑んだ。


―慰めてくれているのかしら。有難いけど、今は何を言われても、心が軽くなれない。事が大きすぎるもの。


 せっかくの王女様の気遣いに、カトリーナは申し訳なくなる。その上、小さな子供に慰められている学生。傍から見れば、変な構図だ。カトリーナは王女様に「ありがとう」と言ったが、頭と心が不安でいっぱいだった。


―海の王女様に何があったのか、どうして逃げていたのかはわからないけど、私は王女様を連れてきてしまった。どうしたら、許してもらえるかしら……。


 王女様はカトリーナに好意的だ。しかし、その親……トリスタン王は宣戦布告に至る程、娘の身を案じ、その娘を連れ去ったカトリーナの所業に、烈火の如く怒っているのは間違いない。


 表情が曇ったままのカトリーナを見た王女様は、キッとイヴを睨みつける。


「ふるえてるじゃない、どうしてくれるのよ!」

「僕のせいじゃない。大体、貴女が気まぐれでトリスタン様に心配を掛けるから、こんな事になったんだ」

「まぁ、ニンゲン風情がアタシに説教しようっていうの?」

「僕は高貴な身の上に生まれながら、その責務を全うしない奴は嫌いなんだ。たとえそれが、精霊のお姫様でもね」


 海の王女様を睨むイヴの瞳に怒気が宿る。自分に向けられた訳じゃないのに、カトリーナの身はすくんだが、当の海の王女様には、全く聞いていない。


「ふん、アンタなんてアタシが本気をだせば、ひとひねりなのよ」



 ここホルムクレンでは、精霊と人間の戦争は大昔の神話などではない。


 精霊の加護によって、他国からの侵略に怯える心配がない精霊の故郷にして、争いと縁の無い平穏な国。その反面、精霊との関係がこじれたら、一気にその平穏は崩れ去る。


 その一因を、カトリーナが引き起こしてしまったのだ。


―でも、それにしてはイヴ先輩も大人達も落ち着いているわ。


 カトリーナが海を召喚してから、かなりの日数が経過している。その間、授業は普通に行われていたし、公王お住いのここ公爵邸も、緊迫感のきの字も無い。海の精霊王が人間に報復に来るのなら、暢気のんきにここで座っている場合ではない筈なのに。


「イヴ先輩、王女様」


 カトリーナは口論を続ける二人に呼びかける。


「どうしたの?」

「どうかした?」


 二人は同時にカトリーナの方を向く。


「その、海の精霊王が宣戦布告したのなら、ホルムクレン公国は大変なんじゃないんですか?王女様も慣れない環境よりも海に帰りたいだろうし……」


 カトリーナがそう言うと、海の王女様はふくれっ面で、


「かえらないわ。アタシはカトリーナといっしょにいる!」


 と言った。


「でも、お父様が心配しているんでしょう?」

「いやよ。おとうさまなんて知らないわ。ずっとアタシを閉じ込めて、姉妹たちとおとうとは、自由にお出かけできるのに。アタシだけを除け者にして!もうウンザリよ!!」

「閉じ込められた?除け者?」

「やっとでてこれたの。ぜったいにかえらないわ!」


 アタシだけを除け者に。

 カトリーナはその言葉に引っ掛かった。


 自分が生まれて、自分の居場所のはずなのに、伯爵家に自分の居場所はなかった。カトリーナだけが、使用人も含めて異質だった。異質だったから除け者にされた。


 だから、出ていける事に、レーム学園に入学できることに、とても喜んだのだ。

 こんな所、二度と戻って来るものか。そう意気込んで。


―でも、王女様にはお父様……王様の加護があったわ。それは王女様を守るためじゃないの?


 カトリーナは愛らしい海の王女様に、親近感を持つと同時に、何か理由があるんじゃないかと、思わずにはいられなかった。



「いい加減にしないか。今から海まで引き摺って行く事も出来るよ」


 イヴが幼子を叱る大人の様な声色で言った。ここまで苛立っているイヴを、カトリーナは初めて見た。


―いつもは揶揄うような感じなのに。


「やれるものならやってみなさい。()()()()()おとうさまがこの国を海の底にしずめるわ!!」

「そうなったら、貴女が大好きなカトリーナも悲しむね。カトリーナは学校が好きだから。ここに居られなくなるのは可哀想だ。……そうだよね、カトリーナ」


 急に話を振られたので「え、えぇ、そうね」と慌てて頷く。


「カトリーナはかなしむの?」


 海の王女様がこちらを窺う様に見上げる。


「ホルムクレンが、レーム学園が消えてしまうのは、悲しいわ。私にとって大切な居場所だから」


 ホルムクレン王城の魔法ゲートが消えたら、レーム学園には、聖地には二度と行くことは出来ないだろう。恐ろしい呪いがあっても、楽しい思い出のあるあの場所への道が途絶えるのは、正直に悲しい。


「カトリーナがイヤなら、絶対にさせないってやくそくするわ」

「ありがとう、王女様」

「なかよしだから、このくらいとうぜんよ」


 胸を張って得意げな少女が、微笑ましくてカトリーナから自然に笑顔がこぼれる。そして、その様子を黙って見守るイヴに向き直り、話を元に戻した。


「先程の続きですが、公国に危険はないのですか?さっき王女様も「こんどこそ」と言っていましたが」


 イヴは「それをずっと言いたかったんだけど、ようやくだね」とため息をついて答える。


「そこの王女様の我が儘の()()()で、トリスタン様は宣戦布告を取り下げたよ。ただ、娘を早く返してくれという要求は健在だ。そうしないと、取り下げを撤回されかねない。だから、この王女様には速やかに海に帰って欲しいんだよ」




お読み頂きありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


よろしければ、評価★★★★★や、ブックマークをお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ