114.知らなかった大事件(1)
「そういえば、貴女はどこまで状況を知っているの?」
人間の姿をした人魚に抱き着かれ、されるがままになっていると、イヴが気を取り直すかのように咳払いをして言った。
「状況?何のですか?」
キョトンとしたカトリーナが聞くと、イヴはやれやれといった風に肩を竦める。
「やはり、校長は何も説明していないようだね」
「放課後に呼ばれはしましたが……」
言い淀み、ちらりと人魚の方を見る。校長の話は、この人魚に拐われた事で、中断されたのだ。幼子の姿となった人魚は頬をプクゥと膨らませて
「アタシはちゃんと我慢してたわ!なのに、あの若造、ヴィオラの話ばっかり。このアタシをさしおいて!そりゃあ、ニンゲンにしては、たしかにヴィオラの力はまあまあなものよ。でも、だからって―」
と、ノレッジ校長が如何に無礼を働いたかを言い募る。
本来の姿だったなら威圧感で震えるだろう振る舞いも、今の幼い人間の姿では、プリプリ拗ねている様で微笑ましい。
「はぁ、あの人のレム様信仰には困ったものだよ。敬愛するのは結構だけど、役目は果たして欲しいものだね」
「やっぱり、校長の用事は他にあったのですね」
「ああ……本当に何も聞かされてないようだね、僕が君の立場なら、苦言の一つじゃ済まさないよ」
「ははは……あっ、でも、海岸に行って欲しいとだけ聞きました。何故かは知りませんけど」
「わかった。では、僕から説明しよう」
イヴは姿勢を正して座り直す。それに倣い、カトリーナも背筋を伸ばす。
「どこから話そうか……。そうだ、まずは彼女について話そう」
「彼女って、この子ですか?」
イヴの視線が、隣の人魚に向けられる。
「彼女は、ただの人魚では無い。ホルムクレン公国の海域に住まわれる海の王―トリスタン様の一人娘。つまりは海の精霊の王女様だ」
カトリーナは、慌てて人魚の方に向き直る。
―高位精霊だとは察してたけど、まさか精霊界の王族だなんて!
人生で、いや、人間の歴史でも姿を見る事なんて、出来ないに等しい筈の精霊の王女様。どんなに優秀な召喚士でも、従える事は勿論、呼び出す事すら不可能だろう。そんな希少な存在が、自身に抱き着きニコニコと微笑んでいる。
「どうして、そのようなお方が、ここにいらっしゃるのです」
カトリーナが誰ともなく尋ねると、当の人魚は「そのはなしかたはイヤ」とふくれっ面だ。
「あぁ、ごめんなさい。王女様だって知ったらつい……」
「カトリーナはいいの!だってカトリーナは、アタシの味方だもの」
「味方?」
―味方ってどういう事?確かに好意的に見てはいるけれど、そう言った感じではなさそうだし……。
首を傾げるカトリーナに、人魚―海の王女様は屈託のない笑顔で言う。
「カトリーナがアタシを、にがしてくれたのよ」
「逃がした……誰かに追われていたの?」
「ええ、おとうさまの追手から!」
「お父様の追手?」
「そうよ」
王女様は愛らしい笑顔で続ける。
「アタシね、お城からにげてきたの。わからず屋のおとうさまと、その手下達から。もうすこしで捕まってしまうところだったけど、急にどこかに引きずり込まれて、きがついたら、みた事のない所にいたのよ」
王女様の説明を聞いても、カトリーナには、よくわからなかった。
「見たことない所って?」
「カトリーナの棲み処よ」
「棲み処?家のことかしら。なら、レーム学園?」
レーム学園は、確かにカトリーナにとって棲み処……家同然だ。
「あの日―」
今まで黙っていたイヴが口を開く。
「デルルンド嬢の暴走を止めた時、貴女は海を召喚して鎮火したね」
「海を召喚?私は海を想像して作り出したつもりだったけど……」
魔法の成功は、どれだけ正確に想像できるかにかかっている。ぼんやりとしたイメージでは、ぼんやりとしたものしか生み出せない。
だから、カトリーナは見たことのある海を、出来るだけ正確に思い描いた。最も眺めたホルムクレン公国の海を。
―まさか、想像した海が限定され過ぎたせいで、別の魔法が発動してしまった!?
だとしたら、カトリーナの海を作り出す魔法は失敗したことになる。失敗魔法で結果的に火は消えたが、これが全く役に立たない失敗魔法だったら、カトリーナは生きていなかっただろう。
「自然を一から作り出すのは、魔法でも不可能だよ。海を別の場所に移動させるのも、大概凄いけどね」
―そういえば、お見舞いに来たエルも言ってた気がするわ。「海を召喚するなんて凄い」って。
「じゃあ、私は海を……ホルムクレンの海と一緒に、この子を召喚してしまったの?」
「そうだね。本当に偶然なんだろうけど、この偶然が、かなり不味い事になっている」
イヴは真面目な顔をして、カトリーナを見つめる。
「彼女は海の王女様だ。彼女を連れ戻そうとした父―海の王の邪魔をしてしまったんだよ。王は娘が連れ去られたと怒り、人間に宣戦布告したんだよ」
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