113.仲直り
フォルカー公爵邸の応接間にて―
「全く。ノレッジ校長から聞いた時は、流石に焦ったよ」
安堵の息をつきながら苦笑いをするのは、フォルカー公子ことイヴだ。
憂いた顔も美しい。
「ご心配おかけしました。でも、何も問題ありませんでしたよ」
イヴの真向かいにあるソファーに腰かけて、カトリーナは言った。先程まで動けなかった身体は何の問題なく動き、制服は乾いている。
「問題大あり。貴女はそこの―」
イヴの視線は、カトリーナの左隣にちょこんと座る人間の幼子に向けられた。
5歳程の少女はフワフワとカールした髪を二束に結われ、白と水色の、これまたふわふわとしたフリルの可愛いワンピースを着せられている。まるで絵本のお姫様が、そのまま出てきたような愛らしさだ。
少女は慣れない姿に最初は不機嫌だったが、カトリーナが
「可愛い……似合っているわ」
と、偽りなく褒めると満更でもない顔をして
「まぁ、がまんしてあげる」
と、少し機嫌を直したのだった。
「貴女はそこの人魚に、金縛りを仕掛けられたんだよ」
イヴの言葉に少女―人魚はツンとした表情で
「もうしないもん。カトリーナと仲直りしたから」
そう言い返してカトリーナを見上げ「そうでしょ?」と首を傾げて聞いてきた。
「ええ、もう仲良しよ」
カトリーナは人魚の髪をそっと撫でる。撫でられた人魚は、嬉しそうに抱きついてきた。自分の顔がデレデレしているのが、見えなくても分かる。
―仕方ないわ。だってこんなに可愛いんだもの。
カトリーナの様子を目の前で見ていたイヴは、呆れた様に口を開く。
「貴女は見た目が良ければ、誰でも良いんだね」
「そんな事ないわ。私は基本、私に好意的な人は容姿問わず好きですよ」
そう微笑むカトリーナに、イヴは大きなため息をつく。
「これで魅了されてないって、本当かなぁ?」
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少し時を遡って―
「アタシをきらわないで。アタシをゆるして」
金色の瞳に涙をためて許しを請う人魚の姿に、仰向けで動けないカトリーナは見惚れながらも胸が痛んだ。
―これは罠じゃないわ。この子は本当に傷ついている。脅かした事を……私に警戒されている事を。
カトリーナは、こんなにも真摯に謝られたのは初めてだった。
いや、実際はアザミの件でイヴから謝罪はあったが、イヴに何かをされた訳じゃない。ジゼルに至っては論外だ。
―使用人達の命乞いとは違う。
「お許しください、お嬢様!」
「もう二度とこのような真似は致しません!」
「どうかご慈悲を!!」
「カトリーナお嬢様!どうか、お許しを!!」
床や地面、時には泥に塗れて這いつくばり、へりくだって許しを請うた使用人達が脳裏をよぎる。彼彼女らは殺されたくない、屋敷を追い出されたくない一心で言葉を紡いでいただけだ。カトリーナにした事を心から悔いて謝った者は一人もいない。
目の前の幼い人魚の様に。
「許すわ。だから、もう泣かないで」
カトリーナは穏やかな声で許した。もう恐怖で声は震えなかった。
人魚は瞳を大きく見開いて「ゆるしてくれるの?ほんとうに?」と不安そうに聞く。
「ええ。だって、私はどこも怪我していないもの。貴女は私を傷つけていないわ」
カトリーナの言葉が本心だと伝わったのだろう。人魚はクシャリと顔を歪ませた後、ホッとしたような顔をして
「ありがとう」
と、言った。
「ところで、私ずっと身体が動かないの。何か知らない?」
そろそろ起き上がりたいカトリーナが尋ねると、人魚はおそるおそる
「しょうじきに言ってもきらわない?」
と聞いた。
「嫌わないわ。だって今、仲直りしたでしょ?」
「なかなおり?」
「仲良しになったって事よ」
カトリーナが言うと人魚は言い慣れ無さそうに「なかなおり……」と呟いた。
「なかなおりしたから、しょうじきに言うわ」
人魚はそういうと、カトリーナの額に手を翳して、瞳を閉じた。翳された手がひんやりとする。
「アナタが起きたときに、逃げられたくなかったから、うごきを封じたの。もう二度としないわ。ゆるしてちょうだいね」
「そんなことできるのね……。いいわ、もうしないって約束してくれるなら」
「やくそくする」
そう言って暫くしていたが、一向に身体は動かなかった。
少し心配になったカトリーナは
「大丈夫?逃げないから安心して良いのよ?」
と言うと、人魚はまた少し泣きそうになりながら、もごもごと何かを言った。
「……ない」
「えっ?」
「解きかたが、わからないの。おとうさまとおなじようにしているのに」
こうして長い間、二人が途方に暮れていると、ノレッジ校長から話を聞いたイヴが、駆けつけてくれたのだった。
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