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110.心を奪われてはいけない


 レーム学園に入学してから、授業の一環で様々な精霊を見てきた。


「精霊は人間にとって魅惑的な存在である」


 ある日の授業で精霊学専門のスローン先生は言った。


「どんなに小さな存在でも、見た目の美醜問わず、人々の興奮と好奇心を刺激し、多くの人間がとりことなった。無論、私もその一人である。研究の日々の中で、かの神秘的な存在をこの目で視認できる事を幸福に思っているよ」


 この日の授業では殆どの生徒達が、必死に目を開けながらも、頭がこくりこくりと船を漕いでいた。座学な上に、前の授業が体力増強を目的とした走り込みだったのもあって、眠気が襲い掛かっていたのだ。

 

そんな生徒たちの様子を知ってか知らずか、眼鏡のふちをクイッと上げながら、先生は構わずに続ける。


「だが、必ずしも精霊が我々にとって良いものであるとは限らない。彼らは自由気ままで、時には無邪気な気まぐれで、人間を不幸のドン底へと突き落とす……精霊と関わる者として、魔法士は人間と精霊の架け橋でありつつ、彼らに心を奪われない様に常に気を張っておく必要があるのだ」


 スローン先生の話を聞きながら、カトリーナは自分の目の前に、広げたまま何も書かれていないノートが迫っている事に気が付く。気が付かないうちに、顔を突っ伏して寝そうになっていたのだ。


 内心慌てつつ、ゆっくりと顔を上げると、スローン先生と目が合った。誤魔化す様に微笑むとスローン先生は何も見ていないかのように授業を進める。


「特に高位精霊は、人間を魅了する存在感を放つものが多く、人目で心を奪われた前例が後を絶たない。とはいっても、そんな珍事は歴史上でも数えられる程度しか記録されていない。諸君らが不死鳥の様な高位精霊と直接出会う事は、二度とないだろう」



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―また出会ってしまったかもしれませんわ、スローン先生。


 地面に倒れたままのカトリーナは、スローン先生の授業を思い出していた。

 

 目線の先には、優雅に泳ぎ歌う愛らしい人魚。彼女からずっと目が離せない。人魚が高位精霊なのかはさておき、これが「魅了」というものなのだろう。


 カトリーナは美しい顔立ちが好みだ。ラトリエルやイヴの様に美しい顔立ちの者が。だから、神秘的な美しさを持ち、綺麗な……目の前の人魚はどちらかと言えば「可愛い」顔立ちだが。そんな人魚に心惹かれるのは、当然と言えば当然だった。


 けれども、ここまで目が離せないのは自分でも異常に感じる。


―とにかく、私がすべきなのは学園に帰る事だわ。


 カトリーナの頭に、授業で習った事が浮かんでくる。



-------------------------------------



「ここは精霊の故郷ホルムクレン。諸君ら程、知識と実力が不十分なまま、精霊と出会う機会の多い者は居ない。よって、思いがけず精霊と出会った際の対処法を、今から教える」


 スローン先生は、顎髭を撫でながら続けた。


「理性のあるうちに、その場を離れる事だ。ここレーム学園は聖地にありながらも、授業以外で精霊を見たことは無いだろう」


 その言葉に何人かの生徒は頷く。上級生たちは校外学習で、精霊と接して錬金術で使う材料を貰う交渉をしたり、魔獣討伐の実践をしたりするらしいが、1年生にはまだ許されていない。


「学内にも精霊は居るが、諸君らが目にすることは無い筈だ。どんなに小さく弱い精霊でも、未熟な者が目にすれば、魅了され心を奪われるからだ」


 先生の言葉に、ファンソンが指先までピンと伸ばして手を上げる。


「でも、先生。未熟な私達でも、精霊と契約して使役しています。危険は無いのでしょうか?」


 ファンソンの質問に、スローン先生は「良い質問だ。フランソワ殿」と言った。フランソワは彼女の本名で、ファンソンはあだ名なのだ。


「最初の授業で契約した精霊は、その契約の元、主に危害を加える事はしない。だが、精霊が主である諸君らを見限った場合、呼びかけには答えず、契約が切れた瞬間に牙を剝くだろう。しかし、安心したまえ。精霊を尊重し、良い関係を築きあげればそんな事は起こらない」


「さっきの心を奪われるって話だけどさぁ」


 手を挙げながら、テオが質問する。


「それって死ぬってことなのか?……ですか?」

「弱気精霊の魅了で死ぬことは無いが、より高貴な精霊……高位精霊の場合は、魅了がきっかけで命を失うケースもある」


 突然の質問にも穏やかにスローン先生は答える。


「心を奪われるとは、理性を失うとも言える。精霊に夢中になるあまりに執着し、あるいは恍惚こうこつとして、身の危険が迫っても逃げ出す事すらしなくなるのだ。……そうなってしまえば、もう助からないだろうね」



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―理性を、心を奪われてはいけない……。


 カトリーナはまた、目を閉じた。このまま人魚を見つめていては、不味い気がしたのだ。


―早く、あの子から離れなくちゃ。手遅れになる前に!


 人魚に惹かれていく自分に恐怖する。完全に心を奪われた時、人魚に握り潰されながらも抵抗しない自分が容易に想像できて、カトリーナの危機感は増していく。


 想像力の豊かさは、ここでも身を助けるのだ。



 人魚の目的が何なのかは分からない。色々と知りたいことはあるが、面と向かって尋ねるには分の悪い相手だ。幼い人魚は力もることながら、カトリーナの魔法も効かないのだから。襲い掛かられたら勝ち目はない。


―そもそも、ここはどこなのかしら?海……ではなさそうだし。


 海にしては水が少し生臭く、潮の香りもない。


 カトリーナは胸ポケットにある銀の鍵に触れようと、身じろぎをするが―


―身体は全く動かないわ……。意識ははっきりしてきたのに。


 意思に反して、身体は少しも言う事を聞かない。



お読みいただきありがとうございました。

次回も読んで貰えると嬉しいです。


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