11.山奥での顛末~ギルドで出会った親切な男~
また話を遡り、今度は数日前のこと―
カトリーナはギルドに来ていた。
―レーム学園への入学が決まったとはいえ、お金は必要よね。あの親たちは、きっと一銭だって渡さないだろうし。
お金はあるに越した事は無い。そう意気込んで、いつもの様に簡単な依頼を引き受けに来たのである。
「あれぇ?君は最近噂の魔法士ちゃんかな?」
依頼看板を見ていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
男は―中年にも見えるし老人にも見える。
白髪交じりの長髪を伸ばしっぱなしにした髭面の男は、お世辞にも身綺麗とは言えない風貌だ。
けれども、カトリーナはこの世で最も汚い男は、娘の部屋で失禁した父親だと思っているので、全く気にならなかった。
自らに好意的なギルドの人には、身分問わずに愛想のいいカトリーナは、正直に話す。
「噂かは知らないけれど、最近ここに来るようになったのは私よ。魔法も少しは使えるわ」
「そうかい、そうかい。正直で偉いねぇ。・・・それにしても、君は随分と魔力量が多いと見える」
「魔力量?魔力に多いとか少ないとかあるの?それに、魔力って見える物なの?」
カトリーナは初めて魔法に詳しそうな人物に出会えた嬉しさで、立て続けに質問する。
そもそも、カトリーナ自身、魔法については知らない事しかない。だからこそ、レーム学園に行きたがっているのだ。
カトリーナの問いに、男は何でもない風に答える。
「そりゃあ当然違いはあるよ。全く同じ人なんていないさ。そんな中、君の魔力量は数少ないと言われる魔力持ちの中でもトップレベルと見える」
「そうなの?私って結構すごいのね」
「そうさ、君はすごいんだ。ちなみに、魔力は見える物ではないよ。感じる物さ。俺くらい長く生きているとそういうのが自然とわかるんだよねぇ」
そう言うと、男は黙りこんで自分の顎に手をやりながらジロジロとカトリーナを眺める。
当のカトリーナは全く気が付いていなかったが、二人の様子を見ていた周囲の大人たちは不審者に絡まれているらしい少女カトリーナを心配していた。
もし、男がカトリーナを連れてどこかに行こうものなら、全力で止める所存だった。そのくらいカトリーナはこのギルドに馴染んでいたし、そのくらい男は怪しかったのである。
「あぁ。そうだった。これを渡そうと思って声をかけたんだ」
ジロジロと見るのを止めた男は、懐から一冊の本を出し、カトリーナに差し出す。
これが両親や妹、使用人たちなら何かの罠じゃないかと疑い、受け取りもしないカトリーナだが、魔法に詳しい親切な男からの本を嬉しそうに受け取る。
本のタイトルは『はじめてのまほう』とあった。
パラパラとページを捲った感じは、子供向けに書かれた魔法書のようだ。魔法の知識を欲しているカトリーナにとって、こんなに嬉しい事は無い。
「これ貰って良いの?」
「あぁ、勿論だ。君のような将来有望な魔法士の卵には、大成して欲しいからねぇ」
それと、と言って男はカトリーナに目線を合わせてかがんだ。
前髪と髭で見えなかった男の顔が、近くで見ると、意外と端正な造りをしていることに気が付く。
「もし何か困ったことがあったら、この本に「助けて」と念じると良い。君が本当に優れた魔法の才を持つ者なら、一度だけ助けてくれるはずだよ」
「よっこらせ」と言いながら立ちあがった男は「じゃあ、またね」と去っていった。
「あ、あの」とカトリーナが呼び止めるも、聞こえなかったのか男はそのままギルドを出て行った。
一人残されたカトリーナは、貰った魔法書に視線を落とす。
―お名前を聞きたかったわ。また、ここに来てくれると良いのだけど。
その後、伯爵家を離れる日まで何度もギルドに通ったが、カトリーナが男と再会することはなかった。
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話を現在に戻し、どこかの山奥にて―
カトリーナは旅行鞄から、最近の愛読書『はじめてのまほう』を取り出した。
―本当はレーム学園まで残して置きたかったけど、仕方ないわ。もう、これに頼るしかない。
カトリーナは親切な男からの言葉を信じて、何となく魔法書を額に当て念じる。
―どなたかは存じませんが、どうか私を助けてください。私はここで立ち止まるわけにはいかないのです。どうか、お願いします。
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